太平洋におけるアラゴナイトとカルサイトの飽和度の数十年の変化
Richard A. Feely, Christopher L. Sabine, Robert H. Byrne, Frank J. Millero, Andrew G. Dickson, Rik Wanninkhof, Akihiko Murata, Lisa A. Miller, and Dana Greeley
GLOBAL BIOGEOCHEMICAL CYCLES, VOL. 26, GB3001, doi:10.1029/2011GB004157, 2012
Richard A. Feely, Christopher L. Sabine, Robert H. Byrne, Frank J. Millero, Andrew G. Dickson, Rik Wanninkhof, Akihiko Murata, Lisa A. Miller, and Dana Greeley
GLOBAL BIOGEOCHEMICAL CYCLES, VOL. 26, GB3001, doi:10.1029/2011GB004157, 2012
太平洋における観測によって得られた外洋の炭酸系の、1990年代から現在にかけての変化をレビューした論文です。
これまでに得られたWOCE、JGOFS、CLIVARの全炭酸(DIC)、全アルカリ度(TA)、pHの測定結果などにさらに、Line Pというカナダ沖のデータを加えて、太平洋全体の総括的なカルサイト・アラゴナイトの変化傾向を求めています。
Feely et al. (2012)を改変。 変化傾向を見積もるために用いられた観測記録の測線。 |
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海洋酸性化の大まかな説明ですが、人為起源のCO2が海水に溶け込むことにより、以下の式に基づいて水素イオンを放出します。
CO2 + H2O ⇄ H+ + HCO3-
もう一つ重要な化学反応が、以下の反応で、生成した水素イオンを用いて炭酸イオンを消費します。
H+ + CO32- ⇄ HCO3-
カルサイト・アラゴナイトの不飽和度はカルシウムイオンに炭酸イオンをかけたもを溶解度で割ったもので定義されます。
Ωcarbonate = [Ca2+]*[CO32-]/Ksp
従って、海洋酸性化が進行することで、pHが低下する(水素イオン濃度が増える)とともに、カルサイト・アラゴナイトの不飽和度が減少します。
※アラゴナイトの方が、カルサイトよりも溶けやすい
一般に炭酸塩の骨格を作る生物(円石藻、翼足類、有孔虫、サンゴ、貝、ウニ、石灰藻など)は不飽和度が低下することで石灰化量が減少し、悪影響を被ることが知られています。
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補足しておくと、一般に
「深層への海水輸送が停滞しているところ(亜熱帯循環など)ほど」、
「冷たい水がある海域(高緯度域・湧昇帯)ほど」
酸性化は進行しやすく、
それは
「酸性化した海水が深層へと輸送されて除去される効果」と、
「CO2が冷たい水にほど溶けやすいという性質(いわゆるヘンリーの法則)」
を反映しています。
※ただし、DICが濃い深層水の湧昇の場合は、逆にCO2が溶けにくくなる
それを受けて、湧昇域であるカリフォルニア海流系・南大洋・北極海、巨大な亜熱帯循環のある南太平洋などで海洋酸性化が早く進行しています。
さらに海洋循環だけでなく、生物活動もまた海洋表層の溶存炭素を深海へと輸送するという効果を通して、海洋酸性化に影響しています。
海洋深層循環は非常にゆっくりとした流れのため、人為起源のCO2はまだ深層には達していないのがほとんどです。そのため、この論文では上層の1,500mについてのみ解析を行っています。
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この論文では、AOU(見かけ上の酸素消費量)をもとに海洋循環や気体交換(ventilation)による効果を差し引き、純粋な人為起源のCO2の溶け込みによる不飽和度の低下のみを求めていることが非常にユニークです。
ざっくりと端折って南北・東西報告の変化にだけ着目すると…
1、南北方向の傾向
17年間の観測期間の間に平均「1 - 2 m/yr」の早さでアラゴナイト飽和面が浅くなっています。
上層600mの中には、Ωargが上がったものと、下がったものがあり、下がったものは海洋酸性化によるもの、上がったものは主に温度・塩分の変化が原因と考えられます(北赤道海流:12 - 14ºNなど)。
また、下の図のAとCから分かるように、
- 亜熱帯循環地域のΩargの減少が顕著
- 湧昇帯では下から上がってくる水のために表層のみに減少は抑えられる
- 高緯度の沈み込みが起きる海域でより深くまで人為起源のCO2が浸透している
2、東西方向の傾向
- 一般に南北両半球で西ほど人為起源のCO2が浸透しているため、東西で傾斜が見られる(下の図のB)
- 北太平洋の場合、北西太平洋で海水がよく気体交換をしている
- 東岸は例外的で、カリフォルニア・チリ沿岸部では急速に酸性化が進行している
などの特徴が挙げられます。
カリフォルニアの場合、観測期間にアラゴナイト飽和面が100mも上昇しています(拙ブログ記事「カリフォルニアの海洋酸性化」)。
またアフリカ大陸や北米大陸の西岸でも同様の現象が確認されています。
Feely et al. (2012)を改変。 観測期間におけるアラゴナイト飽和度の変化。 |
地域ごとに変動要因は異なり、主に以下の3つの要因によって支配されています。
- 人為起源のCO2の取り込み
- 海洋循環や気体交換の変化
- 生物地球化学的なプロセスの変化
もっとも人為起源の炭素を取り込んでいる海域は、北西太平洋と南太平洋です。
特に南太平洋では年間1 - 2 mの早さでアラゴナイト飽和面が上昇しています。
北太平洋の変動は要因の特定が難しく、1970年代以来、風が弱まったことで子午面循環が弱まり、深層水によるDICの供給が変化したことが原因と考えられています。
太平洋東岸では(特に観測の充実しているカリフォルニア沿岸部)年間5m以上の早さでアラゴナイト飽和面が上昇しています。人為起源のCO2の取り込みというよりも、むしろ海流や生物地球化学の変化が原因と考えられています。遠く北太平洋の成層化もカリフォルニア沿岸部の海洋酸性化に影響を与えていると考えられており、より大規模な海洋循環の変化もまた注視する必要があります。
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以下は論文からの引用
もし今世紀の残りにおいてCO2排出が予想通り継続すると、結果として生じる海洋炭酸系の変化は、太平洋の多くのサンゴ礁システムが生態系全体としての機能を維持するための高い石灰化速度を十分に維持できなくなることを意味する。そしてそうした変化はサンゴ礁に生活を依存する幾多の海洋生物にも重大な影響を与える可能性がある。
局地的な時空間変動を生み出す物理的・生物地球化学的プロセスによって、沿岸部のアラゴナイトとカルサイトの飽和状態を長期間にわたって予測することは難しいことは述べておくべきであろう。それにも関わらず、海水中に溶存したCO2の濃度が増加することは確実であり、カルシウムを沈着させる数多くの生物の骨格成長が海洋酸性化の影響によって海洋の多くの地域で減少するだろうことは確実だろう。従って、もし私たちが海洋のCO2濃度を急速に上昇させ続けたならば、海洋生態系に対して直接的な・深刻な影響をもたらすだろう。
If CO2 emissions continue as projected out to the end this century, the resulting changes in the marine carbonate system would mean that many coral reef systems in the Pacific would probably no longer be able to maintain the necessary rate of calcification required to sustain their vitality.
もし今世紀末までに予想される速度でCO2排出が継続したなら、その結果生じる海水の炭酸系の変化は、太平洋の多くのサンゴ礁システムにとって生活を維持するだけの石灰化速度を維持できなくなるほどのものであることを意味している。