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2013年3月26日火曜日

海水のpHの定義(改)

前回の記事から約1年が経過し、あれから新たに得た知識も多くあるので、改めて海水のpHの定義をまとめておきます。

海水の「pH」は、「DIC」「TA」「pCO2」とともに炭酸系を記述する上で重要な変数の一つですが、その取り扱いや、理論的背景が複雑で、また様々なスケールが様々な研究者や研究機関ごとに扱われていることなどもあり、非常に捉えにくいものとなっています。

求めたいものが海水のpHなのか、石灰化流体のpHなのかなどでも推奨されるpHのスケールは異なり、海水化学コミュニティーや生理学コミュニティーなど、異なるコミュニティーで異なるスケールが採用されてきたという背景があります。

現在の海水化学コミュニティーや海洋酸性化研究では「全水素イオン濃度スケール;pHtotal」が広く採用されていますが、
例えばかつての国際海洋観測プロジェクトのうち、
GEOSECS(Geochemical Ocean Section Study)のときには「NBSスケール;pHNBS」、
WOCE(World Ocean Circulation Experiment)のときには「海水スケール;pHSWS
が一般的だったなど、時代によっても変化してきました

ここでは’海水’のpHを中心にまとめます。

参考文献は最後にまとめて記しておきます。

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海水のpHのスケール
中学・高校で習うpHの定義(pH = - log ([H+]))とは異なり、水溶液中で自由に動ける水素イオンは少なく、実際には水分子と結合することで「H3O+」の形をしていたり、「H9O4+」の形をしていたり、複雑な形態をとっている。
また海水中には様々なイオンが含まれるため、それらと複雑に相互作用している。
そうした水素イオンの総体を便宜上、[H+]と表記している。

1、NBSスケール
2、全水素イオン濃度スケール
3、解離水素イオン濃度スケール
4、海水スケール (SWS)

1、NBSスケール

・pHNBS = - log ([aH+])

IUPAC は広い範囲のpHにわたって緩衝溶液を定義している。
これらはしばしばNBS/NIST緩衝溶液と称される。
しかしこれらの緩衝溶液は海水と比べると低いイオン強度をもつため(NBS/NIST緩衝溶液:~0.1 海水:~0.7)、測定したい試料と緩衝溶液の間の電位の違い(液間起電力差; liquid junction potential)を生むため、海水のpHを測定するのには推奨されていない。

測定の誤差はどれだけ注意しても0.05ほどの大きさになると言われている(Riebesell et al., 2010)。

この緩衝溶液を使って測定されたpHは通常「pHNBS」「pHIUPAC」と表記される。

※ IUPAC (International Union of Pure and Applied Chemistry)
※ NBS (National Bureau of Standards)
※ NIST (National Institute for Standards and Technology
アメリカ国立標準技術研究所、1988年にNBSから改称


2、全水素イオン濃度スケール

・pHtotal = - log ( [H+]free + [HSO4-] ) = - log ([H+]total)

この問題を解決するため、人工海水をベースとする別の緩衝溶液がHansson (1973)により開発され、Tris-pH標準溶液(2-amino-2-methyl-1,3-propanediol)と呼ばれている。
この新しい緩衝溶液によって、液間起電力の問題が大幅に緩和された。
新たに導入されたpHのスケールは「total hydrogen scale; pHtotal; 全水素イオン濃度スケール」と呼ばれ、現在最も広く採用されている。
Zeebe & Wolf-Gradrow (2001)やRiebesell et al. (2010)、Dickson et al. (2007)は「全水素イオン濃度スケール」の使用を推奨している。

全水素イオン濃度スケールは硫酸イオン(SO42-)を含んだ媒質を用いて定義される。亜硫酸イオン(HSO4-)は水中で解離することにより

HSO4- ⇌ H+ + SO42-

となる。そのため全水素イオン濃度スケールは亜硫酸イオンの解離に用いられる自由水素イオンの影響を考慮しているスケールということになる。

[H+]total = [H+]free + [HSO4-]


3、解離水素イオン濃度スケール

・pHfree = - log ([H+]free)

上記の硫化物イオンの影響を差し引いて、純粋な解離水素([H+]free)だけに焦点を当てたものは「free hydrogen scale; pHfree; 解離水素イオン濃度スケール」と呼ばれる。
より単純に水素イオン濃度を表現できる表記となっている。

測定の原理上、解離水素イオン濃度のみを測定することはできず、測定可能なのは全水素イオン濃度である。そのため解離水素イオン濃度を求めるには、硫酸イオン濃度(SO42-)と亜硫酸イオンの解離定数(KS*)から以下の式に示される計算によって求める。
従って、正確なKS*の決定が必要条件となる。

[H+]free = [H+]total - [HSO4-]

              = [H+]total* ( 1 + [SO42-]/KS*)-1

ここで

KS* = ([H+]free*[SO42-])/[HSO4-]

Marion et al. (2011)では海水化学における解離水素イオン濃度スケールの使用を推奨しているものの、一方で海水中の亜硫酸イオンの解離定数を見積もることは難しいとされる。


4、海水スケール (SWS)

・pHSWS = - log ( [H+]free + [HSO4-] + [HF] ) = - log ([H+]SWS)

別のスケールは「SWS; pHSWS; 海水スケール」と呼ばれ、亜硫酸イオンに加えてフッ酸の解離も考慮している。フッ酸の解離は以下の式で表される。

HF ⇌ H+ + F-

従って海水スケールは以下の式で定義される。

[H+]SWS = [H+]free + [HSO4-] + [HF]

               = [H+]free*(1 + [SO42-] / KS* + [F-]/KF* )

ここでフッ酸の解離定数 (KF*)は

KF* = ([H+]free*[F-])/[HF]

である。

しかし、海水中ではフッ酸濃度は亜硫酸イオン濃度に比べ、400分の1と非常に小さい。
結果として全水素濃度スケールと海水スケールの違いは非常に小さく(~0.01)、実用的な差はそれほど生まれない。


<まとめ>
4つのpHの定義をまとめると、

・pHNBS = - log ([aH+])

・pHfree = - log ([H+]free)

・pHtotal = - log ( [H+]free + [HSO4-] ) = - log ([H+]total)

・pHSWS = - log ( [H+]free + [HSO4-] + [HF] ) = - log ([H+]SWS)

例えば、S = 35.0‰、T = 25 ℃の海水では、

・pH = 8.332

・pHfree = 8.195

・pHtotal = 8.087

・pHSWS = 8.078

と計算され、最大で「0.25」もの差が生じるため、どのスケールが使用されているかに留意する必要がある(Marion et al., 2011)。

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スケール変換について
(詳細はZeebe & Wolf-Gladrow, 2001を参照)
厳密には、各pHのスケールごとに定義された平衡定数を考える必要があるため、異なるスケールの変換には注意を要する。

pH > 5.0 以上の海水では、近似的に

pHfree = pHtotal + log (1 + [SO42-]/KS*)

pHfree = pHSWS + log (1 + [SO42-]/KS+  [F-]/KF*)

と表現される。

例えば、S = 35.0 ‰、T = 25 ℃の海水では、

log (1 + [SO42-]/KS*) ~ 0.11

log (1 + [SO42-]/KS+  [F-]/KF*) ~ 0.12

と計算される。

これが3つのスケール間の大まかな差異と考えることができる。
Riebesell et al. (2010)ではこの変換式を推奨している。

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pHの測定法および計算方法

pHは直接測定されるか(potentiometric, spectrophotometric)、
或いは他の炭酸系の変数から炭酸系の理論に基づき計算される(c.f. CO2SYS)。

1、Potentiometric(電極を用いて測定する方法)

試料となる海水と標準緩衝溶液の起電力(electromotive force)をもとに測定される。
緩衝溶液には前述のTris(2-amino-2-methyl-1,3-propanediol)緩衝溶液が用いられる。

pHtotalの算出は以下の式に従う(Riebesell et al., 2011)。

pHtotal = pHbuffer - (Ebuffer - Esample)/(RT*ln10/F)

ここで、Eは起電力、Rは気体定数、Tは測定時の温度、Fはファラデー数である。

通常測定時は緩衝溶液と試料が同じ温度になるようにし、塩分もできるだけ調整することが望ましい。

pH = 7.5〜8.5の海水の場合、達成される測定精度は0.02以下である。


2、Spectrophotometric(分光法を用いて測定する方法)
(詳細はDickson et al., 2007などを参照)

pHに対して鋭敏に反応する指示薬(m-cresol purpleなど)を海水に添加し、分光光度計を用いてpHを求める。測定は温度を一定にして行う(25.0 ℃)。

通常、指示薬を添加する前と後の2回、3つの波長帯(非吸収帯・酸側の最大吸収帯・アルカリ側の最大吸収帯)の計測を行う。

・非吸収帯(730 nm)
・酸側の最大吸収帯(434 nm)
・アルカリ側の最大吸収帯(578 nm)

また非吸収帯を繰り返し測定することで、ベースラインをモニタリングする。
※指示薬の添加により生じる変化を別途補正することが望ましい

m-cresol purpleの平衡定数(pK)や消散係数(ε; extinction coefficient ratio)はClayton & Byrne (1993)に記述されている。

指示薬(HI-)は以下の式に従い、海水中で乖離する

HI- = H+ + I2-

従って、pHは以下の式から定義される。

pH = pK(HI-) + log([I2-]/[HI-])

ここで、HI- と I2-とは異なる波長に吸収帯を持っている必要がある。

Beer-Lambertの法則に従い、

Aλ/l = ελ(HI-)[HI-] + ελ(I2-)[I2-] + Bλ + e

ここで、Aλは吸収された光、lは光路長、εは消散係数、λは波長、Bλは試料の吸収のバックグラウンド(background absorbance)、eは機器のノイズに伴う誤差である。

酸の添加の際の吸収帯のピーク値(A1)と、アルカリの添加の際の吸収帯のピーク値(A2)を測定し、2つの波長における吸収帯を用いることで、連立方程式ができあがる。
Bλは指示薬添加前と後の測定結果を比較することで差し引くことができ、さらにeを差し引くことができれば、連立方程式を解くことができ、最終的に以下の式に従ってpHが計算される。

pH = -logK(HI-) + log((A1/A- ε1(HI-)/ε2(HI-))/(ε1(I2-)/ε1(HI-) - (A1/A2)*ε2(I2-)/ε2(HI-)))

この方法によるpHの測定精度は丁寧な取り扱いでは0.001を上回ることもある。

3、モデルによる計算

pH以外の炭酸系の変数のうち、2つが既知ならpHを計算することができる(c.f. CO2SYS)。

組み合わせとしては、

「DICとTA」、「DICとpCO2」、「pCO2とTA」

の3通りがあるが、

「pCO2とDIC」の組み合わせが最もpHの推定精度が良いと考えられている。


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海水のpHの空間分布

1、水平分布
(詳細はPelejero et al., 2010やTakahashi et al., 2013を参照)

亜熱帯循環の海水のpHはおおまかには均質になっており、温度の季節変化による変動が支配的となる。

pHは温度・生物活動(呼吸・光合成など)・水塊混合などの影響で複雑に変動する。
例えば、高緯度の生物一次生産が高い海域(北太平洋や南大洋など)では生物活動が大きく影響する。

一般に深層水のpHは低いため、湧昇帯(低緯度の赤道湧昇帯・高緯度の湧昇帯・東岸境界流など)では周囲に比べてpHが低くなる。


Takahashi et al. (2013)を改変。
表層海水の水平分布。上が2月、下が8月。
2、鉛直分布

海水のpHは深度方向に大きく変化する。
もっともpHが低い海水は200〜1000m深に見られ、原因としては表層で生成された有機物が沈降し、この深さで活発に酸化分解され(remineralization)、CO2を放出(pCO2の増加)していることが考えられる。そのため酸素の極小層とよく一致する。

また海水の年齢とともにDICが蓄積されるため、一般に若い大西洋の深層水で高く、古い太平洋の深層水で低い。そのため海水の年齢とよく一致する。

深層水は堆積物中の炭酸塩とも反応するため、pHは堆積物にも影響される。

Pelejero et al. (2010)を改変。
太平洋・大西洋・インド洋のpHの鉛直分布。

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海水のpHの時間変化

1、pHの日変動

pHの日変動は「水温の日周期」、「生物の呼吸・光合成」、「水塊混合」などによって支配される。

例えば外洋域においては栄養塩濃度が低く、生物活動も低く抑えられているため、pHの変動幅は小さく、あっても規則的な変動を示す(例えば下図のA)。
サンゴ礁では日・季節・年といった時間スケールで変動することが知られている(例えば下図のE)。原因は光合成⇄呼吸、石灰化⇄溶解など。

一方、生物活動のさかんな湧昇帯・入り江・河口付近・ケルプの森などでは、より複雑な変動を示す(例えば下図のC, D, F)

他にも地下からのCO2に富んだ湧水などが見られる海域(パプアニューギニア・イタリア・メキシコ・硫黄鳥島など)では、極端な変動を示す(下図のG)。

Hofmann et al. (2011)を改変。
pHの日周期

2、pHの季節変動・経年変動・より長い時間スケールの変動

pHは当然ながら、季節変動、経年変動を示す。海域によって支配するメカニズムが異なる。

例えば下図の(c)はサンゴ骨格のホウ素同位体から復元されたグレートバリアリーフのサンゴ礁の表層水のpHを示しているが、太平洋数十年規模振動(Pacific Decadal Oscilation; PDO)などのより大きな時間スケールの変動を記録していると考えられている。

また、下図の(a)に表されるように、近年は人為起源のCO2排出の影響で、’海洋酸性化(Ocean Acidification)’と呼ばれる、海洋表層水のpHの減少が見られる。

またより長い時間スケールでは、大気中のCO2濃度の変化(全球的な炭素分布の変化)が海洋表層のpH変動に支配的である。
下図の(d)は過去80万年間の大気中のCO2濃度(赤)と、浮遊性有孔虫殻のホウ素同位体から復元された赤道大西洋の海洋表層水のpH(水色)を示したものであるが、変動パターンがよく一致している。

Pelejero et al. (2010)を改変。
pHの(a) 季節変動 (b)日変動 (c) 数十年周期の変動 (d) 氷期-間氷期スケールの変動


◎参考文献・Website
Wikipedia「pH」
気象庁:海洋の温室効果ガスの知識 > 海洋の二酸化炭素の観測
Marion G. M., Millero F. J., Camões M. F., Spitzer P., Feistel R. & Chen C.-T. A. (2011) pH of seawater. Marine Chemistry 126, 89-96.
・Zeebe, E. R., Wolf-Gladrow, D. (2001) CO2 in seawater: equilibrium, kinetics, isotopes. Elsevier Oceanography Series 65.
・Millero, F. J. (2006) Chemical Oceanography. Marine Science Series.
Riebesell U., Fabry V. J., Hansson L. & Gattuso J.-P. (2010) Guide to best practices for ocean acidification research and data reporting. Luxembourg: Publications Office of the European Union.
Dickson, A. et al. (2007) Guide to best practices for ocean CO2 measurements. PICES Special Publication 3.
Takahashi, T., Sutherland, S.C. (2013) Climatological Mean Distribution Of Ph And Carbonate Ion Concentration In Global Ocean Surface Waters In The Unified Ph Scale And Mean Rate Of Thier Changes In Selected Areas. Final Report Submitted To The National Science Foundation, Washington, D. C. FOR GRANT: OCE 10-38891 [解説記事]
Pelejero, C.,  Calvo, E., Hoegh-Guldberg, O. (2010) Paleo-perspectives on ocean acidification. Trends in Ecology and Evolution 25, 332-344.
Hofmann, G. E. et al. (2011) High-Frequency Dynamics of Ocean pH: A Multi-Ecosystem Comparison. PLoS ONE 6, doi:10.1371/journal.pone.0028983.
Clayton, T. D., Byrne, R. H. (1993) Spectrophotometric seawater pH measurements: total hydrogen ion concentration scale calibration of m-cresol purple and at-sea results. Deep Sea Research Part I: Oceanographic Research Papers 40, 2115-2129.