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2012年7月9日月曜日

INTCALのお話

INTCALとは放射性炭素年代を暦年代に更正するための国際プロジェクトで、このプロジェクトを通して作られる曲線のことをINTCAL曲線と呼びます。

先日所属ゼミのセミナーにて上級生が下級生のための基礎講座を開くという位置づけで、「INTCAL更正曲線の作り方」に関する発表を行いました。
さらに先日、将来のINTCAL曲線において非常に重要な位置を占めるであろう、水月湖の年縞堆積物コアを用いた研究のスペシャリストである中川毅先生@ニューカッスル大の集中講義があり、そこで新たに仕入れた情報も併せてここにまとめておきます。


14C年代は暦年代とは一致していません

14C年代が暦年代と完全に一致していないのには主に3つの理由があります。
  1. 大気上層での14Cの生成率が地質学時代において常に一定でないため
  2. 14C年代を求める際に慣例的に使用されている放射性炭素の半減期(5,568年)が実際の半減期(5,730年)と異なるため
  3. 14Cは様々な時間スケールで滞留する炭素リザーバーの間を行き来しており、大気中の14Cが一定の定常状態に達しないため
古気候・古海洋学あるいは考古学を研究する場合、知りたいのは暦年代であって14C年代ではありません。何故ならば暦年代は他の方法(堆積物、アイスコア、火山灰、U/Th年代など)によって決められた年代と比較が可能だからです。
そもそも、暦年代とは地球が太陽の周りを1周するのを何回繰り返したかであって、放射性炭素の放射改変は地球の公転とは全く関係のない事象です。

従って14C年代を暦年代に焼き直すためのリファレンスがINTCAL曲線ということになります。
むやみやたらに更正曲線が世に出回ってしまっては混乱を招くだけなので、専門家の間で国際的に基準を話し合った上で決定されています。
これまでINTCALは'98, '04, '09というバージョンが出版されてきましたが、もう間もなく'13というバージョンが公表されるそうです。


では主題である、どうやって作るかの話。

必要なものは二つあります。

14C年代」と「暦年代


いたってシンプルですが、二つを独立に求めることのできる試料は意外と限られています。

14C年代は炭素をふんだんに含み、かつ続生作用を受けていない綺麗な(生の情報を保持した)試料に対する放射性炭素を測定することで得られます。そのため生物組織や遺骸などが利用されます。
一方で暦年代を求められる試料は極めて限られています。

それぞれの試料について順に利点と欠点を説明したいと思います。
  1. 鍾乳石
  2. 堆積物コア中の浮遊性有孔虫
  3. サンゴ
  4. 湖の堆積物中の植物化石
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1、木(Tree)
様々な地域、様々な種の木で構成されています。
木は基本的に大気から炭素を取り込んでいると考えられており、また大気は比較的速やかに(2-3年で)混合すると考えられているため、木は最も大気の14C濃度を知るために適している試料です。
基本的に明瞭な年縞を形成するため、暦年代を得るのに適しています。縞の間隔やパターンを頼りに複数の木の縞を繋ぎ合わせ、長い期間の記録が得られます(Dendro-chronology)。
木の年輪は成長速度の違いによる密度変化であるため、最も適しているのは季節変化が明瞭な温帯の木ですが、寒い時代(ヤンガー・ドリアス期や最終氷期など)の木を見つけることが難しく、現行のINTCAL09'では0-12.55kaに限られています。また熱帯の木は年輪が不明瞭という欠点があります。
それより古い木も見つかってはいますが、年代が’浮いて’いるため、試料に暦年代を与えるための議論が依然として続いているようです。
INTCALの暦年代の更正精度は0-12.55kaの期間は極めて良いと言えます。

2、鍾乳石(Speleothem)
試料が連続に成長している点と、かなり古い年代まで遡れる点で優れています。
U/Th法という非常に高精度の年代決定が可能であることが特徴です。ただしウラン濃度が高いことが前提となります。
特にバハマ(Bahama)と中国(Hulu cave)の石筍の14CとU/Thが精力的に測定され、報告されています。

問題はDead Carbon Fraction (DCF)と呼ばれる、母岩の14Cに枯渇した炭素による希釈の影響です。ある意味炭素に対するコンタミのようなものです。
石筍は石灰質の母岩中を地下水が浸透しながら二酸化炭素を溶かし込み、それが洞窟内で再び二酸化炭素を放出する過程で沈殿したもの(洞窟内二次生成物)ですが、素となる二酸化炭素が大気由来か、土壌由来か、母岩由来かをはっきりさせることが難しく、またその寄与も時間とともに変化することが予想されます。
Bahama, Hulu caveの石筍のDCFはそれぞれ1,500年、500年ほど年代値を現実よりも古くすると見積もられています。さらにDCFは時間によらず一定と仮定されています。
DCFの補正を行うことで暦年代と14C年代の更正が行われます。

3、堆積物コア中の浮遊性有孔虫(Planktonic foraminifera in marine sediment)
有名なものはCariaco BasinとIberian Marginにて採取された2本の堆積物コアで、ともに浮遊性有孔虫の殻の放射性炭素の測定値を利用しています。
Cariaco Basinで採取された堆積物は年縞堆積物と呼ばれる、1年に1枚の縞を作る堆積物ですが、時代が古くなる(深くなる)とともに年代決定の精度が悪くなっているそうです。
またIberian Marginの堆積物の暦年代はNGRIPアイスコアのδ18Oと浮遊性有孔虫のδ18Oとをチューニングすることで得られていますが、
  • アイスコア自体の年代決定(年縞を数えている、GICC05)に依存すること
  • δ18Oのシグナルに時間的ラグがないことを暗に仮定していること
という2つの問題があります。

また海洋は大気に比べて循環が遥かに遅い(1,500-2,000年)ため、海洋リザーバー年代(Marine Reservoir, R)と呼ばれる時間の遅れが生じます。全球平均でおよそ400年です。特に深層水が湧昇する海域(北太平洋・赤道湧昇帯・南大洋)ではさらに古い海洋リザーバー年代が観測されています。
モデルシミュレーションされた海洋リザーバー年代との差は「ΔR」と表記されます。

海洋リザーバー年代の補正を行った上で、暦年代と14C年代の更正が行われます。

しかしながら、海洋リザーバー年代は北大西洋子午面循環(AMOC)を始めとする深層水循環に影響されるため、これまで時代を通して変化しなかったことを仮定してきましたが、鍾乳石の登場によって時代とともに変化した可能性が指摘され始めています(例えばSouthon et al., 2012, QSRなど)。
太平洋の深層循環も変化していた可能性があり、従って海洋リザーバー年代も当然変化していたはずです。

4、サンゴ(Coral)
鍾乳石と同じく、U/Th年代測定により暦年代が測定されます。
しかし、浮遊性有孔虫の例と同じく、海洋リザーバー年代が問題となります。

他の試料と違い、サンゴ試料が連続で数千年分得られることは考えられないため、実際には様々な海域で得られた様々なサンゴの値がとびとびに得られています。
また各海域ごとに得られた現在の海洋リザーバー年代が過去においても全く変わらなかったという仮定のもとで成り立っています。
特に重要なのはタヒチ・バルバドス・クリスマス・バヌアツ・パプアニューギニア島で得られた化石サンゴです。

5、湖の堆積物中の植物化石(Plant macrofossil remains in lake sediment)

今回の中川さんのセミナーでは水月湖で採取された年縞堆積物のお話がメインでした。
年縞は独立した二つの方法(視覚とX線)で独立に得られたものをもとに厳密に構築しており、年代決定の精度はCariaco Basinの同じ年縞堆積物と比較してみても圧倒的に勝っています。
放射性炭素は堆積物中の植物遺骸(葉や枝、樹皮など)を用いて決定されているため、DCFやMarine Reservoirの影響がなく、大気の14Cの濃度を時間的な遅れなしにほぼそのまま記録していると考えられます。
「縞一つ一つが年縞であること」が最大の仮定です。

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どれも一長一短ありますが、現行のINTCAL09'においては木とCariaco Basinの年縞堆積物が重要な位置を占めていたのに対し、上述の海洋リザーバーの問題から、次のINTCAL'13では木と水月湖の年縞堆積物、鍾乳石が重要な位置を占めるであろうと見込まれています。

INTCALの話題はかなりマニアックですが、放射性炭素を用いた年代決定法はここ5万年間の古気候・古海洋学・考古学の研究においては非常に有力な手法であるため、この研究分野の科学者にとって非常に重要なトピックだと言えます。