Martin Melles, Julie Brigham-Grette, Pavel S. Minyuk, Norbert R. Nowaczyk, Volker Wennrich, Robert M. DeConto, Patricia M. Anderson, Andrei A. Andreev, Anthony Coletti, Timothy L. Cook, Eeva Haltia-Hovi, Maaret Kukkonen, Anatoli V. Lozhkin, Peter Rosén, Pavel Tarasov, Hendrik Vogel, and Bernd Wagner
Science 337 pp.315-320
より。
ICDPの一環で採取された北極に近いロシア北東部のEl’gygytgyn湖の堆積物コアから復元された過去280万年間の古環境復元結果について。
この論文では特に間氷期の北極周辺の環境とそれをもたらしたメカニズムの考察をメインに行っている。
地球の歴史は第四紀(Quaternary)においては氷期-間氷期と呼ばれる暖かい時期(間氷期)と寒い時期(氷期)を繰り返し経験してきた。現在の完新世は間氷期に相当し、比較的暖かい時期である。昨今は人為起源の温室効果ガスなどの影響で温暖しつつあるが、前の間氷期の環境を復元することで、地球の間氷期における気候状態や異なる放射強制力(日射量や温室効果ガスの濃度など)に対する気候感度を調べることができ、それは将来の温暖化に対する地球の応答を知る助けとなるからである。
特に復元の精度が高い、一つ前の間氷期である「最終間氷期(Eamian; MIS5e)」と4つ前の間氷期で現在の完新世とも軌道要素が類似している「Horstanian; MIS11c」の2つが特に重点的に調査の対象となっている。
ともに現在よりは気温が高く、海水準も5-9mほど高く(先日紹介したScienceの論文)、グリーンランドや西南極の氷床は消失していたと考えられている。
※2013.6.21追加
諸説あり、NEEMによるグリーンランド氷床の深層掘削では確かにMIS5eに氷床が存在したことが確認されている。
諸説あり、NEEMによるグリーンランド氷床の深層掘削では確かにMIS5eに氷床が存在したことが確認されている。
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湖はもともとは隕石衝突によってできたインパクトクレーターで、およそ358万年前に形成されたと推定されている。その後できた湖に厚さ300mほどの堆積物がたまっており、今回はICDPプログラムの一環として過去280万年に相当する連続した堆積物が採取された。
得られた堆積物コアの年代は、主に地磁気の逆転イベント層序と間接指標と底性有孔虫の酸素同位体比をスタックしたLR04カーブや地域的な日射量の変動との比較から求められている。
堆積物は主に3つの堆積層に分けることができる。
Melles et al. (2012)を改変。 堆積物において卓越する体積相。特にCはスーパー間氷期を特徴づける稀な堆積層である。 |
1. 堆積層A
一年中湖が氷で覆われていたと考えられる氷期の砕屑物で構成された堆積層。
Pliocene/Pleistocene境界から顕著に観察されるようになっていることから、同境界以降の地球の寒冷化(氷河化)を反映していると考えられる。
Mn/Fe比の変化から示唆されるように、低層水が非常に淀んでおり、酸素欠乏状態であったために生物擾乱がなく、ラミナが発達している。
2. 堆積層B
堆積物のほとんどがBタイプの堆積層を示す。Si/Ti比の変動から示唆されるように(Siは生物源オパール、Tiは陸源砕屑物由来か)、季節的に氷の量が変化することで珪藻がブルーミングするために珪質で、わずかにラミナが見られる堆積物である。またTOCが低いことから低層水に豊富に酸素が行き渡り、有機物分解も盛んであったことが示唆される。
3. 堆積層C
ごくまれに観察されるよくラミナの発達した堆積物であり、間氷期の特に暖かい時期に対応していると考えられる。春と夏の時期は氷がなく生物生産も盛んであったが、冬には氷によって水柱の成層化が強化され、低層水は非常に酸素が欠乏していたと考えられる。
極めてSi/Ti比が高く、生物生産が非常に高かったことが示唆されるが、これは河川からの栄養塩流入の強化(温暖化による風化促進?)と氷がない時期が長かったことが原因と考えられる。
またTOCが高いのは冬期の貧酸素が原因と考えられる。また帯磁率も上昇しているが、磁性鉱物の部分溶融が原因である可能性がある。
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○間氷期の古環境復元
特に重点的に間氷期の中でも温暖だった時期(スーパー間氷期)がMIS11c、MIS31、MIS49、MIS55、MIS77、MIS87、MIS91、MIS93に見られ、これらはすべて堆積層Cに対応している。
間氷期の中でもMIS1(現在の完新世)、MIS5e、MIS11c、MIS31については既に集中的に花粉分析がなされており、modern analog法から当時の気温や降水量が推定されているが、それによるとMIS1の温度極大期やMIS5eの際には気温が1-2℃高く、降水量も50mmほど高かった。
一方MIS11cとMIS31のスーパー間氷期の時期には気温は4-5℃高く、降水量は300mmほど高かったようである。
以下はMIS11cとMIS31の詳細な分析と他の古環境記録との比較から推定される古環境。これら2つのスーパー間氷期は非常に高いSi/Ti比とトウヒ花粉の産出などで特徴づけられる。
1. MIS11c
MIS11cにはグリーンランド氷床が現在よりもはるかに小さかったことが他の研究によって示されている。
またグリーンランド南部は森林に覆われていたようである。
温暖な状態は琵琶湖・バイカル湖・大西洋中緯度域・Belize Reefの堆積物記録などからも示唆されている。
2. MIS31
西南極氷床の融解によって南大洋がより淡水化しており、水温も上昇していたと考えられている。それによって南半球の亜熱帯フロントもより南極側にシフトしていたと考えられる。
アラスカでは海水準上昇期が確認されている。
またグリーンランドの西に位置するEllesmere島では現在よりも8-14℃気温が上昇していたことが昆虫の群集組成から明らかになっている。
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○気候モデル(GCM)を用いたメカニズムの推定
問題は、こうした温暖期が何によってもたらされていたかである。
大循環モデル(GCM)を用いたシミュレーションで当時の北極周辺の気候状態を復元し、メカニズムを考察した。
軌道要素に支配される日射量の変動はMIS1とMIS11c、MIS5eとMIS31がそれぞれ類似している。
二酸化炭素、メタン、二酸化窒素を始めとする温室効果ガス濃度はMIS5eとMIS11cはMIS1と同程度であったことがアイスコアから分かっている。
アイスコアはMIS31の時代までは遡れていないため、浮遊性有孔虫のホウ素同位体から復元されている記録から推定すると、およそ325ppmと非常に高かったと考えられる。そのため、MIS31の温暖化は二酸化炭素による温室効果によってもたらされた可能性が高い。
他のモデル研究とも併せて考えてもMIS11cの温暖期は温室効果ガス濃度でも、夏の日射量の増加でも説明しにくい。なにか別の温暖化を増幅させる機構が必要である。
’Vegetation-land surface feedback’と呼ばれる、植生の変化によってアルベドが変化することで熱の吸収が変化するが(氷は水を反射するが、緑の森林は熱を良く吸収する)、それでも温暖化を説明するには十分でない。
スーパー間氷期の際には南極の西南極氷床も後退していたことが分かっている。そのため、両極で同時期に温暖化が起きていたことが示唆される。またこの時期AABWの形成は低下しており、深層水循環も大きく変化していた記録が太平洋南西部からも得られている。また北太平洋の深層水の湧昇も弱まっていた。
またDenmark海峡やBering海峡からの熱の運搬の強化も北極を暖める効果がある。しかしそれを支持する直接的な証拠はこれまで得られていない。モデルで実験してみても大きな効果は見られなかった。
北極は特に古環境記録が少ない地域であり、分からないことだらけ。さらなるモデル研究と古環境復元の双方が必要だろう。
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※コメント
古気候の分野では、将来の温暖化した世界のアナログになるとして研究対象となるものがある。近年特に注目されているのが、MIS5e、MIS11c、PETM、ETM2、白亜紀などの温暖期である。
ただし現在のスピードで気候変動が起きていた時期は実は地質時代には存在しないため、必ずしもこれらの気候変動が直接的に将来の鑑になるわけではない。
しかしながら、その中からも学ぶものは非常に多い。現在の間氷期の気候の安定性も実はそれほど良く分かっていないのが現状である。
将来の気候を予測することはそれほどに難しいことであるが、こうした古気候研究が地球の気候システムの理解に貢献している。