Main contents


☆主なコンテンツ
1、新着論文 2、論文概説 3、コラム 4、本のレビュー 5、雑記(PC・研究関連)
6、気になった一文集(日本語English) 7、日記(日本語English

2012年7月25日水曜日

タヒチ化石サンゴから過去のENSOを復元する

Pronounced interannual variability in tropical South Pacific temperatures during Heinrich Stadial 1
Thomas Felis, Ute Merkel, Ryuji Asami, Pierre Deschamps, Ed C. Hathorne, Martin Kölling, Edouard Bard, Guy Cabioch,Nicolas Durand, Matthias Prange, Michael Schulz, Sri Yudawati Cahyarini and Miriam Pfeiffer
Nature Communications (24 July 2012)

今日は投稿論文用の図を作るつもりでしたが、自分の研究にとって重要すぎる論文が出たため、それを読んでいました。
さくっとレビューを書いて気持ち良くサッカーの練習に行きたいと思います。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

統合深海掘削計画(IODP)の第310次航海においてタヒチの海底下のサンゴ礁掘削がなされました。それによって過去16kaから8ka頃までの化石のサンゴが得られました。
サンゴ礁掘削とそれを使った過去の海水準の推定方法についてはこちら(以前書いたコラム)

僕自身、この試料を使って研究を行っています。

この時期は古気候学的に’最終退氷期’と呼ばれる時期に相当し、海水準は120-140m上昇、全球の気温も上昇、大気中の二酸化炭素濃度も80ppm上昇するなど、非常に多くの劇的な気候変動が起きていた時期に相当します。

この論文ではその中でも15ka(U/Th年代決定による)に相当する化石サンゴを用いて当時の古環境推定を行いました。

急激な海水準上昇(つまり氷床の大規模な融解)が起きたMWP-1Aや、それと関係しているかもしれないB/Aという特に北半球に顕著な温暖期の始まりが14.6kaで、それよりもやや前の時期に相当します。
この「14.6ka」という年代はこれまで議論がなされてきましたが、先日Natureに出された、横山准教授も共著者の論文(Nature HP)にて出された年代です。同じくIODP310の試料を用いています。

18ka-14.6kaまでは特にハインリッヒ1という時期に相当し、この期間に北半球の寒冷化(南半球の温暖化)、大西洋子午面循環の弱化、大気中の二酸化炭素濃度の50ppmもの上昇など、非常に多くの重要な現象が確認されています。

その原因、結果として何が起きたのかについてはまだ活発な議論がなされている状態ですが、特に太平洋の熱帯域の記録は不足していました。

この論文では、サンゴ骨格のSr/Caを成長の縞に沿って分析することで、過去のSST変動(月単位)を復元しています。

サンゴ骨格のSr/Ca比は数週間と言う優れた時間解像度で良い水温計になることが広く知られていますが、様々な問題点も指摘されています(Sr/Ca-SSTの問題点に関する記事)。
特に重要なのは、
  1. Sr/Caの補正式の傾き
  2. 海水のSr/Caの時空間変動
  3. 埋没後の続成作用
  4. サンゴ骨格内のSr濃度の不均質・サンゴ個体間変動
  5. 研究室間の測定の違い
などです。
これまで、Sr/Caを用いた古水温復元の誤差は1℃にも満たないと考えられてきましたが、最近は様々な誤差要因が考慮されるようになり、この論文では±2℃の誤差を考慮しています。
一つ前の氷期である、最終氷期の熱帯域のSSTが何℃であったかはまだ議論が閉じていませんが、堆積物コア中のMg/Caやアルケノンを用いた推定では2〜3℃低かったと推定されています。
つまり、サンゴのSr/Caからはこの温度変化を捉えることは非常に難しいことになります(もちろん海域ごとにこの温度推定の誤差は変化します)。
現にSr/Caの絶対値を用いて過去のSSTの平均値を求めた先行研究はこれらの温度復元結果よりも低すぎる温度を推定していました。

しかしここで強調したいのは、Sr/Caの温度計としての機能が低下してしまうのは、現生サンゴのSr/Caの平均値と化石サンゴのSr/Caの平均値を比較した場合の話です。
Sr/Caの振幅(つまりSSTの季節変動の幅)については非常によい指標になることが確認されています。
そこでこの論文では平均値の比較にはあまり重要性をおいておらず、むしろその振幅や変動の周期に着目してハインリッヒ1後期の古環境推定を行いました

その結果は非常に重要で、現在TahitiはENSOに関連したSST変動が顕著に見られない海域に属しますが、15kaにはENSOの周期(2-5年周期)と思われる周期が確認されたということです。

原因ははっきりとは解明されていませんが、少なくとも太平洋熱帯域の広い範囲でENSOの影響力が増していた可能性があると結論付けられています。

この論文では気候モデルによるシミュレーションも同時に行っています。氷期の環境背景でシミュレーションを行い、大西洋子午面循環の弱化を再現し、それが太平洋の熱帯域にどのように伝播するかを見てみたところ、太平洋熱帯域の広い範囲でENSO由来のSSTの相対変動が大きくなったということです。

他にも塩分の指標として地位を築いてきた酸素同位体(δ18O)の議論もなされていますが、この話は今回は本質的でないので割愛します。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

Sr/Caは古くから優れた古水温の指標とされてきましたが、近年様々な問題点が指摘されてきています。
そのあたりの事情について知りたい人は是非一読をオススメします(同業者だけでしょうけどw)。