Main contents

☆主なコンテンツ
1、新着論文 2、論文概説 3、コラム 4、本のレビュー 5、雑記(PC・研究関連)
6、気になった一文集(日本語English) 7、日記(日本語English) おまけTwilog

2012年3月23日金曜日

海洋酸性化の現状(レビュー)

Ocean Acidification -A critical emerging problem for the ocean sciences-
Scott C. Doney, W. M. Balch, V. J. Fabry and Richard A. Feely.
Oceanography vol. 22, No. 4
より。

現在進行中の「海洋酸性化」についてのレビュー。だいたい和訳。



ガソリンを燃やす、天然ガスや石炭を燃やしてできた電気を使う、新たな農地を作るために森林を伐採するとき、我々は二酸化炭素を大気中に放出している。

2008年現在、人類は1年間で10 PgCもの炭素に相当する二酸化炭素を大気に放出している。
このうち、8.7±0.5 PgCは化石燃料とセメント製造によって、1.2±0.7 PgCは森林破壊によって放出されたと見積もられている。
※PgC = 1,000,000,000,000,000gの炭素

1750年頃の産業革命以降、累積で560 PgCもの二酸化炭素を放出してきた。それも特に1950年以降(戦後の高度経済成長期)に。

実は放出された二酸化炭素の大部分は大気中には残留していない。

3分の1は海に吸収され、3分の1は陸域の炭素リザーバー(植物、土壌、ツンドラなど)に吸収されている
残りの3分の1が大気に残留して温室効果を発揮し、地球の平均気温を上昇させている(地球温暖化)。

まさに’地球を相手取った破滅的なマンモス実験’と称されるほど、地球温暖化は人類が直面する史上最大の環境問題となっている。

Revelle & Suess (1957)の言葉を借りれば、
Thus human beings are now carrying out a large scale geophysical experiment of a kind that could not have happened in the past nor be reproduced in the future.
…従って、人類は過去に例がない、将来も再現されることのない類いの大規模な地球物理学実験をしている最中である。

Charles David Keelingがハワイのマウナロア山において大気中の二酸化炭素濃度の観測を始めた1958年当時、315 ppmであったものは390 ppmへと増加し、産業革命以前の自然状態(280 ppm)と比較すると37%も増加している。
また過去85万年間見ても最大の濃度である。またその上昇の速度は30倍という異常な速度である。

過剰の二酸化炭素の3分の1は海水に溶け、海洋酸性化を招いている。
Doney et al. (2009) Fig. 1を改変。
大気中の二酸化炭素濃度上昇とともに、海洋表層の二酸化炭素分圧が上昇し、それに伴いpHが低下している(海洋酸性化)。海洋酸性化の長期モニタリングはここ20年程度しか記録がない。ここではハワイの観測所の例。
地球温暖化と海洋酸性化は同時進行して起きている最大の環境問題であることから、’evill twin (悪魔の双子)’とも称される。

海洋の炭酸系化学が発展した1970年代以降、様々な研究によっていずれ海洋酸性化によって炭酸塩(アラゴナイト、カルサイト)の不飽和が起きることが予想されていたが、それがいつ起きるかを見積もることは困難であった。

1980年代に入って、まずは高緯度域のアラゴナイトが21世紀中に不飽和になる、熱帯域は21世紀を通して不飽和には至らないということが予想された。

1990年代、海洋観測や定点長期観測の登場によって海洋の気候システムに対する役割の理解が進んだ。

そして現在、継続して続いている長期観測から過剰の二酸化炭素が海に溶け、海洋酸性化が進行している事実が自明となった。
海水の炭酸系を知る上で必要な分析技術も向上した。
衛星観測を用いたリモートセンシング、無人のブイやROVを用いた海洋観測という新しい技術も開発されつつある。

海洋酸性化の最大の関心は生態系に与える影響であるが、1990年代後半になってから酸性化実験などを通して生物が海洋酸性化に対してどういった影響を受けるかなどということが研究され出した。
その生物には炭酸塩の骨格を作るサンゴ(礁)、種々の浮遊性生物(有孔虫、翼足類、円石藻)などが含まれる。

「Royal Society Report 2005;ロンドン王立協会報告書」
「2004 Symposium on the Ocean in High-CO2 world;高い二酸化炭素濃度の世界の海に関する研究集会」
の2つを通して海洋酸性化の関心が世に広まり、認識された。

海洋酸性化の緊急性を受けて、国際的な研究プログラムなども多数発足した。

その1つがEPOCA(European Project on Ocean Acidification)である。
EPOCAは海洋酸性化を研究する上で必要なガイドブック(Guide for Best Practices in Ocean Acidification Research and Data Reporting)を用意している。
このガイドブックはインターネット上で入手可能である。

またアメリカではOCB(Ocean Carbon and Biochemistry)プログラムが発足した。
さらにFOARAM(Federal Ocean Acidification Research)Act 2009に基づいて、アメリカの今後の海洋酸性化に対する研究の方向性が定められた。

海洋酸性化の研究は学術横断型の研究である(海洋化学、物理、生物、地学など)。
対象とする海は広い(沿岸域、サンゴ礁、外洋、高緯度の海、海底、深層など)。
また扱う時代も5億年前という地質学的な時代から21世紀末という近未来までという広がりがある。
そしてそれらは生物の石灰化という未解決の謎の解明や社会・経済学的なリスク評価などとともに発展してゆくだろう。

また海洋酸性化は今後数百年から場合によっては数千年かけて人類が立ち向かわなければならない問題である。
何故なら、海洋の循環は1500年程度の時間を要するため、大気中の二酸化炭素を含む炭素が地球を循環し、平衡状態に達するには非常に時間がかかるためである。
そして海洋酸性化と同時に地球温暖化、沿岸域の富栄養化、水産資源の乱獲、海洋汚染なども進行するだろう。

海洋酸性化を防ぐ唯一の手段は
一刻も早く二酸化炭素放出を削減すること、そして過剰の二酸化炭素を除去する手だてを考えること
である。

1、生物的な影響
陸上の植物と違い、海洋の光合成生物(植物プランクトン、褐虫藻と共生するサンゴ・有孔虫など)は二酸化炭素の濃度によって光合成の活性度は基本的には影響されない。
また海洋の光合成生物の成長・代謝(光合成・呼吸・石灰化など)・生殖は周囲の海水の炭酸系に左右されることが予想される。
海水の炭酸系の変化は酸-塩基化学反応を介したプロセスや鉄などの微量栄養塩の利用効率に影響を与えるためである。脂質膜を介した生理学的なプロセスは海水と体内のpH差とも関係が深い。

石灰化を行う生物については酸性化によって石灰化が阻害されると予想されるが、まだ研究は始まったばかりである。
種によっては二酸化炭素濃度の上昇によって石灰化が促進するものもいるなど、当初考えられていた以上に振る舞いは複雑である。

石灰化が阻害されることで、沿岸域の防御力の低下、重要な海洋生物資源(主に貝類)に与える影響も看過できない。

しかし、実際にはまだ分かっていないことだらけである。

2、海洋物理的な影響
海水のpHが低下すると海水中のホウ酸イオン濃度が低下し、海水中の音の伝わり方に影響する。
pHが0.3下がることで音波の吸収係数は40%低下すると見積もられている。つまり、海洋酸性化が進行すると海におけるノイズが増えることになる。
音を使って生活をするクジラや他のほ乳類に影響するかもしれないが、まだよく分かっていない。

また石灰化をする植物プランクトンの数が低下することで、海水の透明度が増し、有光層がより深まる可能性もある。

また海運や海における軍事にも影響するかもしれない。