全球の海洋の表層水の単一のpHスケールに統一された気候平均的なpHと炭酸イオン濃度の分布と選ばれた海域における変化の平均速度
Takahashi, T. & Sutherland, S. C.
Final report submitted to the national science foundation, washington, d. c. for Grant: OCE 10-38891 (2013)
より。
論文ではなく、アメリカ科学財団(NSF)に提出された報告書ですが、一般にも公表されているようです。
内容としては、これまでの様々な大型海洋観測計画(WOCE、JGOFS、CARINAなど)の際に得られた海洋表層水のpCO2、DIC(全炭酸)、TA(アルカリ度)から、各海盆の平均的な表層pHの分布(climatological mean pH distribution)を求めるというもの。
用いられているデータはなんと「600万点(!)」
このデータをもとに各海盆の推定を行っていますが、データは時空間的に大きく偏っています。
pHを長期観測した例は世界的にほとんどないため(HOT, BATS, ESTOCなど)、実は世界中の海盆でどのような仕組みでpHが季節変動し、海洋酸性化(pHの低下)が起きているかはよく分かっていません(※海盆ごとに解析した論文は多数)。
理想としては「DICとpCO2」からpHを計算する方法が最適らしいですが、SSS(表層塩分)とTAの間に綺麗な線形関係が見られる場合が多いため、データ数を増やすために「pCO2とTA」の組み合わせですべての計算を行っています。
1、TAの推定
栄養塩濃度が高い海域(例えば低緯度・高緯度の湧昇帯など)に関しては栄養塩がTAにも影響を与えてしまうため、PALK(PALK = TA + NO3-)という硝酸の濃度を補正後のアルカリ度を、各海盆ごとの「PALK-SSS線形関係式」を求める際に用いています。
※例えば亜熱帯高気圧帯の海では栄養塩濃度がほとんど0に等しく、水塊混合もそれほど起こらないため、TAはSSS(蒸発と降水のバランス)と良い線形相関になります。
また、紅海・パナマ湾・ベンガル湾・北極周辺など、河川水・融氷水・浅い海の暖水の影響などが見られる特異的な地域もあります。
そうして得られた線形関係式のうち、大西洋の例を挙げると…下の図のような感じ。
大西洋の場合、太平洋と異なり両半球や赤道の湧昇帯でも統計的に有為な違いが認められないため、広い熱帯・亜熱帯域について一つの式で表現されています(図の青色)。
※日本人に身近な太平洋の場合、赤道湧昇帯や黒潮の流路のデータは年々変動が大きく解析が難しいことから除外されています。
また南極周辺の南大洋の湧昇帯もまた解析の対象からは除外されています。
そのようにして得られた各海盆のPALK-SSS式を用いて、各海盆の各月の平均SSS、NO3-を用いてTAの分布を求めると、以下の図のように。
データは各月ごとの4º×5ºの格子データに平均化している。
※人為起源のCO2吸収はTAに影響しない。
世界で最もTAが高いのが大西洋の熱帯・亜熱帯で、SSSが高いことが原因。
南極周辺では海氷の範囲が季節で大きく変動するため、TAも変動する。
2、pCO2の推定
解析に用いるpCO2のデータはTakahashi et al. (2009)のエルニーニョ・ラニーニャ時のデータを除外した上で2000年に規格化したデータを、今回新たに2005年に規格化したデータを用いている。
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今気づいたのですが、もしやLDEO pCO2の公開データが大幅に変更されている?
以前はTakahashi et al. (2009)の2000年に規格化された各格子点のデータがダウンロード可能だったものが、現在はデータ採取時の生データのみの公開になっている(つまり規格化がなされていない)。
データ数が多すぎてODVの動作が非常に重い…
一応以前のデータもこのページに残されているが、txtファイルをODVに読み込ませる必要あり。
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3、TA + pCO2 →pH, Ω
以上の計算から、特に「pH」と「Ω:炭酸塩飽和度」に着目。
※インド洋は水塊の混合(湧昇・河川水・ITFなど)の季節性が複雑で、太平洋や大西洋とは全く異なるデータが得られているので、議論からは除外されている。
3−1、pH
pHのスケールは全水素イオン濃度スケール(pHtotal)に統一。
全球的な傾向を見ると、2005年当時で全球の海水の変動幅は「7.9 - 8.2」である。
低緯度・高緯度の湧昇帯のpHの季節変動が最も大きい。原因としては深層の酸性化した海水との混合。
また生物生産が大きい高緯度の海域においては光合成によるCO2の消費によって春のpH上昇などが確認される。
亜熱帯の海ではpHは「8.05 - 8.15」の範囲で季節変動を示し、主に温度変化が原因。
3−2、Ω
海水中のカルシウム濃度は塩分から計算。
亜熱帯の海はアラゴナイトに関して4倍ほど過飽和の状態にあり、さらに季節性も小さい。
一方、高緯度の冷たい海は1.2倍以下の過飽和でしかなく、季節性も非常に大きい(Ω = 1.5 - 2.2)。
※Ω ≦ 1が無機的な炭酸塩の溶解が始まる閾値
北極海周辺は季節によっては既に不飽和になることが報告されているが、南大洋では今回の計算からは確認されなかった。
※既に南大洋の湧昇帯で翼足類の殻が溶け始めているという報告も(Bednaröek et al., 2012, Ngeo)。
4、1983-2012年の時間変化
こうした計算によって求められた海洋酸性化のトレンドを、定点観測が行われている海域と比較したところ、よく再現できていることが分かった。
厳密なデータ比較は今回は行われておらず(おそらく論文化するため)、以下の図は公表されているデータをもとに同じ炭酸系の変数を用いて計算したもの。
4−1、亜熱帯(ハワイ、バミューダ)
ハワイとバミューダはともに平均水温は24℃であるものの、温度の季節変化がそれぞれ4℃、10℃と大きく異なる(おそらく混合層の深さや温度躍層の海水との混合が原因)。
pH、pCO2、DICもバミューダの方がハワイに比べて3倍大きく季節変動する。
海洋酸性化の進行速度は同程度で、ともに「- 0.0018 pH/yr」の減少率。
pCO2の上昇速度は大気のそれとほぼ同じで、それぞれ「+ 1.8 μmol/yr」「+ 1.9 μmol/yr」の増加率。
4−2、ドレーク海峡(Drake Passage)
LDEOの研究グループが定測線観測を行っているドレーク海峡は2つの地域に分けてプロットしている。
◎Zone B (南極周回水:南アフリカから220 - 350 km沖)
◎Zone C(南極大陸棚水:南アフリカから580 - 720 km沖)
Zone Bの酸性化は亜熱帯の変化と同程度で、「- 0.0020 pH/yr」の減少率。
pCO2の上昇速度は「+ 1.9 μmol/yr」の増加率。
一方、Zone Cでは明瞭な変化は見られなかった。
※最後に
おおよそ、全海洋の表層水は「- 0.0020 pH/yr」でpHが低下しつつあり、「+ 1.9 μmol/yr」でpCO2が増加しつつある。
この値は大気中のpCO2の増加率である「+ 1.9 ppm/yr」と一致している。
※ただし、地域的に炭酸系が複雑に変動する海域が存在することに注意が必要。
今回の報告書の内容は近いうちに論文として公表されるのでしょうね。楽しみです。
定点観測との厳密なデータ比較が個人的に最も関心があります。
僕も似た手法でハワイやタヒチ周辺の海洋観測記録をもとに計算を行っていますが、グリッドを荒くするとどうしても季節変動が小さく見積もられてしまう傾向があります。
◎おまけ
pHに興味がある人には以下のレビュー論文もお勧めします。こちらは表層だけでなく深層水のpHにも焦点を当てています。
Paleo-perspectives on ocean acidification
Pelejero et al. (2010)
Trends in Ecology and Evolution, 25 (6), pp. 332-344
※例えば亜熱帯高気圧帯の海では栄養塩濃度がほとんど0に等しく、水塊混合もそれほど起こらないため、TAはSSS(蒸発と降水のバランス)と良い線形相関になります。
また、紅海・パナマ湾・ベンガル湾・北極周辺など、河川水・融氷水・浅い海の暖水の影響などが見られる特異的な地域もあります。
そうして得られた線形関係式のうち、大西洋の例を挙げると…下の図のような感じ。
Fig. 4を改変。 大西洋の各海盆ごとに色分けをしている。 |
※日本人に身近な太平洋の場合、赤道湧昇帯や黒潮の流路のデータは年々変動が大きく解析が難しいことから除外されています。
また南極周辺の南大洋の湧昇帯もまた解析の対象からは除外されています。
そのようにして得られた各海盆のPALK-SSS式を用いて、各海盆の各月の平均SSS、NO3-を用いてTAの分布を求めると、以下の図のように。
データは各月ごとの4º×5ºの格子データに平均化している。
※人為起源のCO2吸収はTAに影響しない。
Fig. 10を改変。 2月と8月の海洋表層のTAの分布。 |
南極周辺では海氷の範囲が季節で大きく変動するため、TAも変動する。
2、pCO2の推定
解析に用いるpCO2のデータはTakahashi et al. (2009)のエルニーニョ・ラニーニャ時のデータを除外した上で2000年に規格化したデータを、今回新たに2005年に規格化したデータを用いている。
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今気づいたのですが、もしやLDEO pCO2の公開データが大幅に変更されている?
以前はTakahashi et al. (2009)の2000年に規格化された各格子点のデータがダウンロード可能だったものが、現在はデータ採取時の生データのみの公開になっている(つまり規格化がなされていない)。
データ数が多すぎてODVの動作が非常に重い…
一応以前のデータもこのページに残されているが、txtファイルをODVに読み込ませる必要あり。
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3、TA + pCO2 →pH, Ω
以上の計算から、特に「pH」と「Ω:炭酸塩飽和度」に着目。
※インド洋は水塊の混合(湧昇・河川水・ITFなど)の季節性が複雑で、太平洋や大西洋とは全く異なるデータが得られているので、議論からは除外されている。
3−1、pH
pHのスケールは全水素イオン濃度スケール(pHtotal)に統一。
全球的な傾向を見ると、2005年当時で全球の海水の変動幅は「7.9 - 8.2」である。
低緯度・高緯度の湧昇帯のpHの季節変動が最も大きい。原因としては深層の酸性化した海水との混合。
また生物生産が大きい高緯度の海域においては光合成によるCO2の消費によって春のpH上昇などが確認される。
亜熱帯の海ではpHは「8.05 - 8.15」の範囲で季節変動を示し、主に温度変化が原因。
Fig. 14を改変。 2月と8月の海洋表層水のpH(2005年当時) |
3−2、Ω
海水中のカルシウム濃度は塩分から計算。
亜熱帯の海はアラゴナイトに関して4倍ほど過飽和の状態にあり、さらに季節性も小さい。
一方、高緯度の冷たい海は1.2倍以下の過飽和でしかなく、季節性も非常に大きい(Ω = 1.5 - 2.2)。
※Ω ≦ 1が無機的な炭酸塩の溶解が始まる閾値
北極海周辺は季節によっては既に不飽和になることが報告されているが、南大洋では今回の計算からは確認されなかった。
※既に南大洋の湧昇帯で翼足類の殻が溶け始めているという報告も(Bednaröek et al., 2012, Ngeo)。
Fig. 15を改変。 2月と8月の海洋表層水のアラゴナイトのΩ(2005年当時) |
4、1983-2012年の時間変化
こうした計算によって求められた海洋酸性化のトレンドを、定点観測が行われている海域と比較したところ、よく再現できていることが分かった。
厳密なデータ比較は今回は行われておらず(おそらく論文化するため)、以下の図は公表されているデータをもとに同じ炭酸系の変数を用いて計算したもの。
4−1、亜熱帯(ハワイ、バミューダ)
ハワイとバミューダはともに平均水温は24℃であるものの、温度の季節変化がそれぞれ4℃、10℃と大きく異なる(おそらく混合層の深さや温度躍層の海水との混合が原因)。
pH、pCO2、DICもバミューダの方がハワイに比べて3倍大きく季節変動する。
海洋酸性化の進行速度は同程度で、ともに「- 0.0018 pH/yr」の減少率。
pCO2の上昇速度は大気のそれとほぼ同じで、それぞれ「+ 1.8 μmol/yr」「+ 1.9 μmol/yr」の増加率。
Fig. 18を改変。 左がバミューダ(BATS)、右がハワイ(HOT)の定点観測(黒)。赤が今回の推定(年変化のみ)。 |
4−2、ドレーク海峡(Drake Passage)
LDEOの研究グループが定測線観測を行っているドレーク海峡は2つの地域に分けてプロットしている。
◎Zone B (南極周回水:南アフリカから220 - 350 km沖)
◎Zone C(南極大陸棚水:南アフリカから580 - 720 km沖)
Zone Bの酸性化は亜熱帯の変化と同程度で、「- 0.0020 pH/yr」の減少率。
pCO2の上昇速度は「+ 1.9 μmol/yr」の増加率。
一方、Zone Cでは明瞭な変化は見られなかった。
Fig. 19を改変。 左がZone B、右がZone C。 |
※最後に
おおよそ、全海洋の表層水は「- 0.0020 pH/yr」でpHが低下しつつあり、「+ 1.9 μmol/yr」でpCO2が増加しつつある。
この値は大気中のpCO2の増加率である「+ 1.9 ppm/yr」と一致している。
※ただし、地域的に炭酸系が複雑に変動する海域が存在することに注意が必要。
今回の報告書の内容は近いうちに論文として公表されるのでしょうね。楽しみです。
定点観測との厳密なデータ比較が個人的に最も関心があります。
僕も似た手法でハワイやタヒチ周辺の海洋観測記録をもとに計算を行っていますが、グリッドを荒くするとどうしても季節変動が小さく見積もられてしまう傾向があります。
◎おまけ
pHに興味がある人には以下のレビュー論文もお勧めします。こちらは表層だけでなく深層水のpHにも焦点を当てています。
Paleo-perspectives on ocean acidification
Pelejero et al. (2010)
Trends in Ecology and Evolution, 25 (6), pp. 332-344