Ahn, J., E. J. Brook, A. Schmittner, and K. Kreutz
GEOPHYSICAL RESEARCH LETTERS, VOL. 39, L18711, doi:10.1029/2012GL053018, 2012
しばらく論文概説もサボり気味だったのでたまにはw
アイスコアの古環境プロキシを用いた氷期の千年スケールの気候変動(ダンスガード・オシュガーサイクル、ハインリッヒイベント)と炭素循環の話題について。
大気中二酸化炭素濃度の急激な上昇(10~20 ppm)が確認されており、現在の人為的なCO2排出によるCO2濃度上昇のこともあり、集中的に研究がなされている研究分野の一つです。
「Time is everything」
という言葉にも表されるように、地球で起きる物事の原因を探るためには、年代による前後関係・同時性というのは非常に重要です。
例えばAとBという独立した指標があり、「AがBに100年先行している」と「AとBが同時に起きている」とでは背後に潜む因果関係やメカニズムの解釈が変わってきてしまいます。
Ahn et al. (2012)では主にグリーンランド氷床で得られたアイスコア(GISP2)と南極氷床で得られたアイスコア(Siple Dome, Byrd, EDML, DomeC)が登場しますが、それらの年代を繋ぐ必要があります。
アイスコアの年代モデルで有名なものは何と言っても「GISP2アイスコアの年縞」を利用した1年ごとの年代モデル「GICC」ですが、基本的にはこれを軸に年代モデルが構築されています。
ただし年縞がはっきりと得られるアイスコアは世界にいくつもあるわけではないので、別の手段で遠隔地のアイスコアに年代を与えてあげる必要があります。
そこで登場するのが「メタン(CH4)」です。
メタンガスの大気中の拡散時間は数年と短く、北半球でも南半球でもほぼ同時に変動していると見なすことができます。
つまり、メタンによる変動曲線を年代のタイポイントとして様々なアイスコアの年代を繋ぐことができます。
アイスコアは他にも
- 氷(H2O)を構成する水素と酸素の同位体(δD、δ18O)
- 塵の量
- 電気伝導度
- 海塩起源のNa+
- 塵起源のCa2+
- N2Oなどの他の温室効果ガス
などの間接指標があります。
これらのデータは基本的にはNOAAのデータベースに保管され、誰でもダウンロードできるようになっています。
ただし、これらのデータが持つ年代は実はそれぞれに異なっています。
例えば氷のδ18Oは元々は降雪のH2Oのδ18Oが素になっていますが、持っている年代は基本的には降雪があった時点です。
一方でアイスコア中の気泡に捕獲された微量気体(CO2、CH4、N2Oなど)の持っている年代は降雪後、万年雪が固結して安定した氷になった時点(降雪よりも200-1,000年ほど後)です。
つまり同じアイスコアの同じ深度のサブサンプルから得られた古環境指標でもそれぞれが持っている年代は異なるということです。
特に気泡に捕獲される年代については氷床の高度や降雪量、気温などに依存してしまうため、アイスコアごとにも当然異なりますし、地質時代でも変化し続けてきたと考えられます。
また氷も実は割と速く流動しているため、いくら氷床の頂上部で採ったアイスコアと言えども、氷床流動の影響も被ってしまいます。
そのため、アイスコアの年代モデルを絶対値で求めることは想像以上に難しく、年代決定だけで一つの大きな仕事になってしまうという側面があります。
そうした事情から、異なるアイスコアから得られた間接指標の数年〜数十年の時間的な前後関係や同時性を議論することは厳密には不可能です。
ただし、より長い時間スケールの話をする時や、年代モデルの信頼性が高い場合などには議論を行うことが可能になります。
(14C年代決定法、U/Th年代決定法で年代が得られている他の独立した指標との対比の仕方については、いずれ…)
前置きが長くなってしまいましたが、Ahn et al. (2012)では、主にSiple DomeとByrdの2つのアイスコアから得られたCO2濃度を軸に、ダンシュガード・オシュガーサイクルの8と9(DO8・DO9)、ハインリッヒイベントの4(H4)、南極温暖期の1(AIM1)における、南極と北極(グリーンランド)の気候変動について議論しています。
下の図の黄色の網かけを施してある部分に相当します。
Ahn et al. (2012)を改変。 様々なアイスコアの様々な間接指標の対比。したの2つは堆積物の記録(14C年代決定)と鍾乳石の記録(U/Th年代決定)。 |
この時期、
- 北極は寒冷化
- 南極は温暖化
- 大気中のCO2濃度は次第に上昇
- CH4濃度は北極の気温とほぼ同位相で変動
という重要な(大きな)気候変動が起きています。またこの事象は他のDOイベントやハインリッヒイベントの時にも起きています。
細かく見てみるとCO2濃度上昇は2回に分けて起きており、前期に100年程度の間に約10ppm上昇、後期にはよりゆるやかに約10ppm上昇しています。
ただし、このCO2増加量も実はアイスコアごとにわずかに異なり、理由としては「気泡がトラップされる環境の違い」や「気泡中の微生物活動によるCO2変動」、「アイスコア採取後陸で保管された期間」などが影響すると考えられています。
そのためこれらの上昇はもしかしたらより大きかったかもしれませんし、逆に小さかった可能性もあります。
Ahn et al. (2012)では議論の中で、アイスコアの間接指標から復元される情報をもとに考察を行っています。
例えば
Ⅰ:海塩起源のNa+ → 南大洋の海氷の張り出し
(厳密にはアイスコア採取地点までの輸送距離と大気循環に依存して量が変動)
Ⅱ:塵起源のCa2+ → 鉄肥沃によるCO2の深海輸送の量
(厳密には大気循環を通して運ばれるパタゴニア周辺の塵の量で、パタゴニアにおける植生や南半球の偏西風帯の中心位置の変動にも依存すると考えられる)
などをもとに、CO2濃度変動を議論していますが、Ⅰの効果は大気と深層水のCO2交換を増す効果があるのでCO2を上昇させるセンスでの寄与(アルカリポンプ)。
一方、Ⅱの効果は大気のCO2をもとに固定された有機物や炭酸塩の深海への輸送を意味するのでCO2を減少させるセンスでの寄与(生物ポンプ)を表します。
ただし大気中のCO2濃度を変えるのには他のプロセスもあるため、単に北極・南極のバイポーラーシーソーと鉄肥沃・海氷後退によるCO2交換の増加だけで説明するのは危険だとも指摘しています。
特に陸域の炭素リザーバー(ツンドラや熱帯雨林など)の寄与も十分考え得るとしており、またこれまでに用いられてきた炭素循環モデルでもこの一連の流れを再現したモデルはないと指摘しています。
結局まだメカニズムの解明には至っていないということなのですが、大気中のCO2が変動した期間はだいたいすべて炭素循環のモデリングでは再現できておらず、多くの研究者を魅了し続けており、僕もその一人です。
年代の問題はありますが、アイスコアの古気候学における重要性については筆舌に尽くし難いものがあります。
今回の話ではでてこなかったアイスコアCO2の炭素同位体(δ13C)(時代は違いますが、以前の論文概説)や宇宙線生成核種(アイスコアの場合は10Be)の変動からも多くのことを学ぶことができます。