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2012年5月7日月曜日

海洋酸性化とサンゴ礁生態系への影響

Coral Reefs and Ocean Acidification
Kleypas, J. A. & Yates, K. K. (2009)
Oceanography 22 (4) pp. 108-117

海洋酸性化がサンゴ礁の生態系に与える影響をレビューした論文をまとめつつ、聞知っていることを追加してまとめてみたい。



サンゴ礁は貧栄養でありながら、世界でも有数の生物多様性を実現している生態系であるが、特に石灰化を行う生物がその基盤となる(光合成による一時生産を行う、小動物の隠れ家を提供するなど)ため、海洋酸性化の影響が大きく現れる生態系の1つと考えられている。
  1. 主にサンゴ礁の形成に関与している生物
  2. 石灰化はするものの礁形成にはそれほど寄与していないもの
  3. 石灰化を行わない生物
に与える影響について分けてまとめる。

1、サンゴ礁を形成する生物(サンゴ及び石灰藻)
1−1、サンゴ
サンゴは石灰化の際に石灰化流体と呼ばれる石灰化が実際に起きる場のpHを上昇させることで炭酸塩に関する飽和度を上げている(石灰化しやすい状態を作り出す)と考えられている。
しかし海洋酸性化によって周囲の海水のpHが低下してしまうと、よりpHを上げるためにエネルギーを消費することになるため、基本的に海洋酸性化は石灰化を阻害すると考えられる。
また無機化学的にも炭酸塩の飽和度が下がるほど、炭酸塩はより溶解することになる。

しかし同じサンゴ種、サンゴの生育段階、石灰化の段階でも酸性化に対する応答は異なると考えられる。

石灰化のメカニズムは完全には解明されていないものの、海洋酸性化によって礁形成速度が抑制または完全に機能が失われてしまうことに関しては野外調査からもそれを支持する証拠が多数得られている。
例えば、産業革命以前の状態に比べて大気中CO2濃度が2倍(560ppm)になると、石灰化は10-50%低下することが報告されている。

自然のサンゴ礁において海水のpHは大きく日変動をする。例えば、pHにして7.9-8.1など。
従って海洋酸性化によって0.1-0.3という規模でpHが低下することで、サンゴ礁にどのような影響が見られるかは様々であろう。
サンゴ礁において石灰化を律速するのは必ずしも炭酸系の化学だけではなく、「温度(特に大きい)」「光量」「栄養塩」なども重要な変数である。
温度上昇によって石灰化が促進する場合もある(西オーストラリアではそのような石灰化促進が報告されている)。

また成体のサンゴに対してだけでなく、サンゴ幼生やサンゴの再生産に対する影響評価も数例なされている。基本的に負の影響が報告されている。

1−2、石灰藻
環境中には主に2種が卓越している。1つはRhodophyta(紅藻)であり、もう1つはChlorophyta(緑藻)である。
石灰藻は高Mg方解石の骨格を形成するが、高Mg方解石は酸性化に対し炭酸塩鉱物のなかで最も脆弱である。

石灰藻はサンゴよりも生息域が広く、熱帯だけでなく極域にも存在している。また深い水深にも棲息することが知られている。
生息域が広いという事実は適応能力も高いことを示唆しているが、サンゴ礁を形成する石灰藻は少なくとも脆弱だろうと思われる。
例えば、紅藻の一種はCO2濃度が645ppmになると石灰化が250%低下(つまり溶解)し、再生産が停止するという報告もある。
しかし一方で石化藻は地中海のCO2が漏れ出る海底火山の近くにも棲息しているし、pHを人工的に低下させた飼育実験でもある程度の耐性が確認されている種も存在する。

また石灰藻はサンゴや貝類の幼生が表面に付着し、変態を誘発する場としても注目されている。従って石灰藻の被服度の低下が他の種の再生産にも影響する可能性がある。

また石灰藻の中にはサンゴ礁における堆積物(砂や泥のサイズ)の形成に寄与するものもいる。

2、他の石灰化を行う生物
2−1、石灰質の殻を作る底性有孔虫
底性有孔虫は場合によってはサンゴ礁の砂の大部分を形成することもある(いわゆる’星の砂’)。
底性有孔虫はPETMやP/T境界の際にも大規模に絶滅したことが知られている。

飼育実験でも石灰質の底性有孔虫はそれ以外の殻を作る種に比べて海洋酸性化に脆弱であることが知られている。

2−2、軟体動物(貝など)
特に腹足類(巻貝など)と巨大二枚貝(シャコガイなど)が重要である。
サンゴ礁に棲息する種でない貝に関する海洋酸性化の研究を参考にすると、貝の中には殻が薄くなるものや再生産の速度が低下するものが確認されている。

僕が以前読んだ論文では、貝の外套膜の存在の有無が酸性化に対する耐性を左右するということを報告していた。有機質の膜が殻を覆うことで殻の酸性海水暴露による溶解を阻害する効果があるらしい。

2−3、棘皮動物(ヒトデ、ウニなど)
棘皮動物による石灰化はサンゴ礁における石灰化の大きな割合を占めているらしいことが近年報告されている。
棘皮動物はすべて高Mg方解石の骨格を形成する。さらに体内における酸-塩基反応が限られていることから、海洋酸性化には特に脆弱であると考えられる。
しかしながら中には堆積物中に棲息するものもおり、より飽和度が低い環境に適応している種も存在する。

棘皮動物の海洋酸性化に対する影響評価は幼生を用いる例が多いが、酸性化によって場合によっては生育が遅くなったり、奇形が生じることもある。

2−4、その他の主要種
甲殻類(エビ、カニ)、多毛類(ゴカイなど)、八方サンゴ、ソフトコーラルの中には炭酸塩を形成する種が存在する。
サンゴ礁内での石灰化における寄与率は小さいが、サンゴ礁内の機能に影響する可能性はある。

3、石灰化を行わない生物
海洋酸性化では海草類がサンゴに代わって環境を支配する可能性が高いと考えられている。
栄養塩とCO2が十分にある環境中では、海草類の成長速度が大きく増加することが報告されている。
また石灰化を行わない巨大藻類の成長も促進する可能性がある。

興味深いのはサンゴ礁の骨格に穴を空けるタイプの藻類である。酸性化した海水中ではより深く穴を空け、50%も多く炭酸塩骨格を溶解させることが報告されている。このタイプの藻類が世界中に分布していたら、サンゴ礁破壊の要因の1つになる可能性がある。

サンゴ礁に棲息する魚類への直接影響はあまり報告されていないが、クマノミの幼魚の感覚障害という形で影響するという報告もなされている。身を守ってくれるイソギンチャクのもとへ帰れなくなるらしい。

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※最後に

サンゴ礁の生態系は複雑に絡み合っており、特に基盤をなすサンゴと石灰藻への悪影響がそれに支えられている生態系に影響すると考えられる。
悪影響を被る種が増えれば増えるほど、ある一定の閾値を超えることで大規模なレジームシフトへと繋がる可能性もある。

海洋酸性化は他の影響因子(温暖化、過漁獲、富栄養化など)とともに現れるため、その将来の影響を正確に予測することは困難である。
既に起きたレジームシフトを参考にしてみても、その応答は様々である。

将来、石灰化はおそらく阻害され、サンゴ礁の形成も抑制されるであろう。
既にサンゴ礁にある石灰質の堆積物が溶解することで酸性化のバッファーとなることが期待されるが(海水の滞留時間が比較的長いサンゴ礁など)、ほとんどのサンゴ礁は外洋との海水交換が効果的に起こっており、バッファー効果はあまり期待できない。
実際にサンゴ礁での溶解速度を見積もってみると非常に早く、特に高Mg方解石を作る生物に支えられたサンゴ礁の夜間(呼吸によるCO2が蓄積するため)の溶解が顕著である。

酸性化の影響はサンゴ礁の環境ごとに(代謝速度、群集組成、石灰化や溶解の季節性、堆積物の種類、海水交換の程度など)異なると考えられるが、特に石灰化速度が遅いサンゴ礁が最も早くサンゴ礁の溶解が始まると考えられる。高緯度のサンゴ礁はまさにそのような環境で、水温が低い、濁度が高く光量が低い、より酸性であることが原因として考えられる。
また同じように濁度が高い低緯度のサンゴ礁も石灰化速度は遅い傾向がある。
海洋酸性化に対するサンゴ礁の石灰化速度の変化。産業革命前の石灰化速度を基準にしている。高緯度の海域が低緯度よりも先に海洋酸性化の悪影響が現れる。
どのCO2濃度が閾値であるかを求めた研究は少ないが、およそ560-654ppm程度であると考えられている。
早ければ2050年にはCO2濃度が560ppmに達し、閾値を超えてしまう可能性がある

サンゴ礁の溶解は複雑な構造をより平坦なサンゴ礁に変えてしまう。サンゴだけでなく魚類なども含めた生物多様性が低下する可能性がある。

評価はまだまだ分からないことだらけであるが、サンゴ礁が少なくなることは確実であろう。