しかしながら、実のところ、間接指標(プロキシ)ごとにその絶対値は大きく食い違い、これまでに何度も改訂が重ねられてきました。
今回は主に、Wallace S. Broeckerの学生向けの教科書「The Glacial World According To Wally」からこの問題についてまとめてみたいと思います。
2002年 ver.はこちらからダウンロードできます。
1、CLIMAP
例えば、大西洋においてN. pacyderma (left)は水温が5℃を下回る海域にしか基本的には生息しないため、冷水の指標として使用されています。
こうした関係を用いて得られた赤道域のLGMの水温は、完新世と大差ない、つまりΔSST = ’0 ℃’でした。
CLIMAP Project Members
Science 191, 1131-1137 (19 Mar 1976)
Science 191, 1131-1137 (19 Mar 1976)
2、浮遊性有孔虫δ18O
浮遊性有孔虫に限らず、炭酸塩全般(貝、サンゴ、鍾乳石ほか)の酸素同位体(δ18O)は’温度’と’水の酸素同位体’の2つによって主にコントロールされています。
従って、浮遊性有孔虫δ18Oは生息していた海洋表層水の水温復元に使えるはずです。
特に大西洋・インド洋と太平洋で得られた堆積物コアの完新世とLGMとのδ18Oの値を比較してみると、LGMのほうが
大西洋・インド洋… ’1.72 ‰’
太平洋… ’1.25 ‰’
重いことが分かります。しかしながら、氷期には主に北半球高緯度に水が淡水として蓄えられていたために、海水の量が減っていました(そのため海水準は120-140m低下)。
その寄与が’1.1‰’海水のδ18Oそのものを変えていたとすると、残りはそれぞれ
大西洋・インド洋… ’0.62 ‰’
太平洋… ’0.15 ‰’
となり、それを温度(ΔSST)に焼き直すと、
大西洋・インド洋… ’- 2.5 ℃’
太平洋… ’- 0.6 ℃’
となり、CLIMAPの推定と整合的な結果となりました。
しかしその後、Howard Speroらは表層海水のpHの変化がδ18Oに影響する可能性を見いだしました。
>Effect of seawater carbonate concentration on foraminiferal carbon and oxygen isotopes
Howard J. Spero, Jelle Bijma, David W. Lea & Bryan E. Bemis
Nature 390, 497-500 (4 Dec 1997)
氷期には大気中CO2濃度が低下しており、そのために表層海水のpHは’0.15-0.10’上昇していたと考えられています。
それが与える影響を考慮し、先ほどの推定値を補正すると、最終的に’- 1.5 〜 - 3.0 ℃’となりました。
3、アルケノン
その後、円石藻の一種(Emilinanii huxleyi)が生成する脂肪酸の一種(アルケノン;alkenone)が温度指標になる可能性が見いだされました。
原理は古宮正利さん・山本正伸さん・大河内直彦さんらの論文に詳しく述べられています。
>有機化合物による古水温の復元 [古宮&寺島、1995年、地質ニュース]
>アルケノン古水温計の現状と課題 [山本、1999年、地球化学]
>アルケノン古水温計 [大河内、2003年、地質ニュース]
その経験的な関係を用いると、LGMの太平洋・インド洋のΔSSTは’- 2.0 ℃’という値が得られました。
4、サンゴSr/Ca
主にWarren BeckらによってサンゴのSr/Ca比が季節変動を示し、それが現場のSSTと良く一致していることが、当時まだ難しかったSrの測定から明らかになりました。
>Sea-Surface Temperature from Coral Skeletal Strontium/Calcium Ratios
J. Warren Beck, R. Lawrence Edwards, Emi It, Frederick W. Taylor, Jacques Recy, Francis Rougerie, Pascale Joannot, Christian Henin
Science 257, 644-647 (31 July 1992)
原理は井上麻夕里さんの論文に詳しく述べられています。
氷期には大気中CO2濃度が低下しており、そのために表層海水のpHは’0.15-0.10’上昇していたと考えられています。
それが与える影響を考慮し、先ほどの推定値を補正すると、最終的に’- 1.5 〜 - 3.0 ℃’となりました。
3、アルケノン
その後、円石藻の一種(Emilinanii huxleyi)が生成する脂肪酸の一種(アルケノン;alkenone)が温度指標になる可能性が見いだされました。
原理は古宮正利さん・山本正伸さん・大河内直彦さんらの論文に詳しく述べられています。
>有機化合物による古水温の復元 [古宮&寺島、1995年、地質ニュース]
>アルケノン古水温計の現状と課題 [山本、1999年、地球化学]
>アルケノン古水温計 [大河内、2003年、地質ニュース]
その経験的な関係を用いると、LGMの太平洋・インド洋のΔSSTは’- 2.0 ℃’という値が得られました。
4、サンゴSr/Ca
主にWarren BeckらによってサンゴのSr/Ca比が季節変動を示し、それが現場のSSTと良く一致していることが、当時まだ難しかったSrの測定から明らかになりました。
>Sea-Surface Temperature from Coral Skeletal Strontium/Calcium Ratios
J. Warren Beck, R. Lawrence Edwards, Emi It, Frederick W. Taylor, Jacques Recy, Francis Rougerie, Pascale Joannot, Christian Henin
Science 257, 644-647 (31 July 1992)
原理は井上麻夕里さんの論文に詳しく述べられています。
>温度指標としてのサンゴ骨格中の Sr/Ca 比変動に関する再考察 [井上、2006年、地球化学]
化石のサンゴを用いてSr/Caから過去の水温を求めたところ、驚くべきことに、赤道太平洋のVanuatuにおける10 ka(完新世)の試料に対して’-5 ℃’という値が得られました。
>Abrupt changes in early Holocene tropical sea surface temperature derived from coral records
J. WARREN BECK, JACQUES RÉCY, FRED TAYLOR, R. LAWRENCE EDWARDS & GUY CABIOCH
Nature 385, 705-707 (20 Feb 1997)
また、赤道大西洋のBarbadosにおいても19 - 9 ka BPの化石サンゴから’- 4.0 〜 - 5.0 ℃’という値が報告されました。
>Tropical Temperature Variations Since 20,000 Years Ago: Modulating Interhemispheric Climate Change
Thomas P. Guilderson, Richard G. Fairbanks, James L.Rubenstone
Science 263, 663-665 (4 Feb 1994)
5、浮遊性有孔虫殻Mg/Ca
現在古海洋学研究においてもっとも広く使用されている手法ですが、浮遊性有孔虫殻Mg/Caからは’ - 2.6 ℃’という値が得られました。
原理は佐川拓也さんの論文に詳しく述べられています。
>浮遊性有孔虫Mg/Ca古水温計の現状・課題と古海洋解析への応用 [佐川、2010年、地質学雑誌]
6、陸水の希ガス
これまでSSTに着目してきましたが、陸からも表層温度の推定がなされています。
地下水が最後空気と接触していた際に、水に対する希ガスの溶解率が温度に依存することを利用しており、さらに希ガスは水にゆっくりと溶解するため、年平均値を反映すると考えられています。
地下水の中には非常に長い時間滞留するものもあるため、氷期に最後に大気との接触をたった地下水の希ガス濃度を測定することで、表層温度を推定することが可能になります。
特に不透水層に挟まれた砂岩層を流れる地下水が適しており、希ガスは途中で拡散することなしに初期濃度を保存していると考えられます。
温度に対する感度が高いアルゴン・クリプトン・キセノンが適しており、独立した3つの温度推定値が得られます。
M. Stute, M. Forster, H. Frischkorn, A. Serejo, J. F. Clark, P. Schlosser, W. S. Broecker, G. Bonani
Science 269, 379-383 (21 July 1995)
化石のサンゴを用いてSr/Caから過去の水温を求めたところ、驚くべきことに、赤道太平洋のVanuatuにおける10 ka(完新世)の試料に対して’-5 ℃’という値が得られました。
>Abrupt changes in early Holocene tropical sea surface temperature derived from coral records
J. WARREN BECK, JACQUES RÉCY, FRED TAYLOR, R. LAWRENCE EDWARDS & GUY CABIOCH
Nature 385, 705-707 (20 Feb 1997)
また、赤道大西洋のBarbadosにおいても19 - 9 ka BPの化石サンゴから’- 4.0 〜 - 5.0 ℃’という値が報告されました。
>Tropical Temperature Variations Since 20,000 Years Ago: Modulating Interhemispheric Climate Change
Thomas P. Guilderson, Richard G. Fairbanks, James L.Rubenstone
Science 263, 663-665 (4 Feb 1994)
5、浮遊性有孔虫殻Mg/Ca
現在古海洋学研究においてもっとも広く使用されている手法ですが、浮遊性有孔虫殻Mg/Caからは’ - 2.6 ℃’という値が得られました。
原理は佐川拓也さんの論文に詳しく述べられています。
>浮遊性有孔虫Mg/Ca古水温計の現状・課題と古海洋解析への応用 [佐川、2010年、地質学雑誌]
6、陸水の希ガス
これまでSSTに着目してきましたが、陸からも表層温度の推定がなされています。
地下水が最後空気と接触していた際に、水に対する希ガスの溶解率が温度に依存することを利用しており、さらに希ガスは水にゆっくりと溶解するため、年平均値を反映すると考えられています。
地下水の中には非常に長い時間滞留するものもあるため、氷期に最後に大気との接触をたった地下水の希ガス濃度を測定することで、表層温度を推定することが可能になります。
特に不透水層に挟まれた砂岩層を流れる地下水が適しており、希ガスは途中で拡散することなしに初期濃度を保存していると考えられます。
温度に対する感度が高いアルゴン・クリプトン・キセノンが適しており、独立した3つの温度推定値が得られます。
世界のいくつかの水系に応用が既になされていますが、残念ながら熱帯域はブラジルに限られます。しかし結果は驚くことに’- 5 ℃’という非常に低い温度を示し、BarbadosのサンゴSr/Caによる推定値とかなり近い値になりました。
ただし、種々の仮定によって推定値に影響が出るようです。またブラジルが熱帯域全体の代表となるかどうかにも疑問が残ります。
>Cooling of Tropical Brazil (5°C) During the Last Glacial MaximumM. Stute, M. Forster, H. Frischkorn, A. Serejo, J. F. Clark, P. Schlosser, W. S. Broecker, G. Bonani
Science 269, 379-383 (21 July 1995)
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おまけ:MARGO
CLIMAPと同様に最終氷期のSSTを複数のプロキシを使って復元しようとした試みがMARGO (Multiproxy Approach for the Reconstruction of the Glacial Ocean surface)です。
ただし、サンゴの記録は含まれず、堆積物コア中の
- 有孔虫・放散虫・珪藻・渦鞭毛藻の群集組成
- Mg/Ca 古水温計
- アルケノン古水温計
のみを採用していることに注意が必要です。
しかし現状かなり信頼されているのは事実で、それによると熱帯域のΔSSTは
全球… ’- 1.7 ± 1.0 ℃’
太平洋… ’- 1.2 ± 1.1 ℃’
大西洋… ’- 2.9 ± 1.3 ℃’
インド洋… ’- 1.4 ± 0.7 ℃’
と推定されています。しかし、プロキシ間でも大きく食い違い、さらに付属する誤差も大きいのが現状です。
>Constraints on the magnitude and patterns of ocean cooling at the Last Glacial Maximum
MARGO Project Members
Nature Geoscience 2, 127 - 132 (2009)
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おまけ:浮遊性有孔虫Mg/Caの問題点
佐川さんの論文中でも詳しく述べられているように、
- 埋没後のMg/Caの汚染の問題
- その他の環境変数がMg/Caに与える影響
- 埋没後の溶解によるMg/Ca比の変化
- Mg/Caの殻サイズ依存性
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おまけ:サンゴSr/Caの問題点
これについてはMichael Gaganらが以下の論文で詳しく述べていますが、以前ブログに論文概説「ハマサンゴSr/Caは古水温を低く見積もる?」を書いたのでよかったら参照してください。
>The effect of skeletal mass accumulation in Porites on coral Sr/Ca and d18O paleothermometry
Michael K. Gagan, Gavin B. Dunbar, and Atsushi Suzuki
PALEOCEANOGRAPHY, 27, doi:10.1029/2011PA002215 (2012)
主に
- 水温換算式の傾きが地域ごと・サンゴごとに異なること
- 水温換算式の感度が劣化している可能性
- 群体間に値のばらつきが見られる問題
- 過去の海水のSr濃度が変化した可能性
- 正しく最大成長軸方向を削っているか
- 測定機器ごとに値が変化する問題(※)
などが挙げられます。
※補足(2013.8.11)
最近出た論文でも、この問題によって、温度推定値が極端な場合「7.0℃」歪められてしまう可能性が指摘されています。
>Inter-laboratory study for coral Sr/Ca and other element/Ca ratio measurements
Ed C. Hathorne, Alex Gagnon, Thomas Felis, Jess Adkins, Ryuji Asami, Wim Boer, Nicolas Caillon, David Case, Kim M. Cobb, Eric Douville, Peter deMenocal, Anton Eisenhauer, C.-Dieter Garbe-Schönberg, Walter Geibert, Steven Goldstein, Konrad Hughen, Mayuri Inoue, Hodaka Kawahata, Martin Kölling, Florence Le Cornec, Braddock K. Linsley, Helen V. McGregor, Paolo Montagna, Intan S. Nurhati, Terrence M. Quinn, Jacek Raddatz, Hélène Rebaubier, Laura Robinson, Aleksey Sadekov, Rob Sherrell, Dan Sinclair, Alexander W. Tudhope, Gangjian Wei, Henri Wong, Henry C. Wu, Chen-Feng You
サンゴ骨格のSr/Caは良い水温計になることが知られている。21の研究室で同一のサンゴ標準資料(JCp-1)のSr/Ca測定の結果を比較したところ、有意に差が認められ、極端な場合7℃もの差に繋がっていることが示された。推奨される値は8.838 ± 0.089 mmol/molで、95%の信頼区間で1.5℃のSST推定誤差に繋がる。こうした差異を軽減するために研究室間で統一した標準試料の測定を行い、補正をすることが必要である。
※補足(2013.8.11)
最近出た論文でも、この問題によって、温度推定値が極端な場合「7.0℃」歪められてしまう可能性が指摘されています。
>Inter-laboratory study for coral Sr/Ca and other element/Ca ratio measurements
Ed C. Hathorne, Alex Gagnon, Thomas Felis, Jess Adkins, Ryuji Asami, Wim Boer, Nicolas Caillon, David Case, Kim M. Cobb, Eric Douville, Peter deMenocal, Anton Eisenhauer, C.-Dieter Garbe-Schönberg, Walter Geibert, Steven Goldstein, Konrad Hughen, Mayuri Inoue, Hodaka Kawahata, Martin Kölling, Florence Le Cornec, Braddock K. Linsley, Helen V. McGregor, Paolo Montagna, Intan S. Nurhati, Terrence M. Quinn, Jacek Raddatz, Hélène Rebaubier, Laura Robinson, Aleksey Sadekov, Rob Sherrell, Dan Sinclair, Alexander W. Tudhope, Gangjian Wei, Henri Wong, Henry C. Wu, Chen-Feng You
サンゴ骨格のSr/Caは良い水温計になることが知られている。21の研究室で同一のサンゴ標準資料(JCp-1)のSr/Ca測定の結果を比較したところ、有意に差が認められ、極端な場合7℃もの差に繋がっていることが示された。推奨される値は8.838 ± 0.089 mmol/molで、95%の信頼区間で1.5℃のSST推定誤差に繋がる。こうした差異を軽減するために研究室間で統一した標準試料の測定を行い、補正をすることが必要である。