エクマン流によって駆動される南大洋における人為起源二酸化炭素輸送
T. Ito, M. Woloszyn & M. Mazloff
Nature 463 (7 January 2010), doi:10.1038/nature08687
より。
産業革命以降の化石燃料燃焼や森林破壊などによって大気中に排出された人為起源のCO2のうち、約25%は海に吸収されたと考えられています。
その40%が、全球の海表面積の9%しか担わない南大洋の特に50ºS以南に吸収されたと推定されています。
それは何故でしょうか?
先に答えを述べると、効率良く(他の海域に)輸送されたからに他なりません。
この論文では、輸送を担っていると考えられる
「エクマン輸送(Ekman transport)」および「渦輸送(eddy transport)」
の2つを、数値モデルを用いて定量的に評価することを目的としています。
南大洋は他の時間スケール(例えば氷期-間氷期といった地質学的時間スケール)においても全球の気候変動、炭素・栄養塩循環に大きな影響を及ぼしており、非常に重要です。
>以前書いた論文概説
「南大洋の海洋循環と全球の気候とのコネクション(Marshall & Speer, 2012, Ngeo)」
彼らの用いているモデルでは渦も再現できるほどの高解像度で、一つ一つのグリッド間隔は1/6ºです。
観測とモデルの再現がうまく合うように調整しています。
また生物ポンプによる炭素輸送はリン酸濃度でパラメタ化しています。
重要な知見としては、極周回流(Antarctic Circumpolar Current; ACC)の軸と南極前線(Antarctic Polar Front; APF)が一致しており(~55ºS)、それを挟んで赤道側に濃い人為起源CO2が、極側に薄い人為起源CO2が存在し、そのコントラストが非常にはっきりしていることです。
Ito et al.を改変。 南大洋における水柱中の人為起源CO2量の平面分布 |
海洋表層では40ºS以南で年間0.83PgCが吸収されていると推定され、それは全体の海洋の吸収分の36%に相当する量です。
Ito et al.を改変。 南大洋の人為起源CO2輸送の南北断面図
SAMW; Aubantarctic Mode Water
AAIW; Antarctic Intermediate Water
UCDW; Upper Circumpolar Deep Water
LCDW; Lower Circumpolar Deep Water
AABW; Antarctic Bottom Water
|
彼らの解析によると、全体としては赤道側に人為起源CO2が輸送されているのですが、それは下の図中の北向きのエクマン輸送(青)と南向きの渦輸送(赤)が打ち消し合った、差分(黒)と推定されています。
では、北向き輸送はどの深度で起きているのでしょうか。
図を見てみると分かるように、40ºS付近では、半分は表層におけるエクマン輸送が、もう半分はSAMWやAAIWといった混合層よりも深いところの水が輸送を担っていることが見て取れます。
より北の35ºS付近(亜熱帯フロント;subtropical front; STF)では表層600mでほぼ均質に北向き輸送が存在することが見て取れます。
従って、南大洋からのエクマン輸送が亜熱帯域の水塊に大きな影響をもたらしていると言えます。
以上から、エクマン輸送が主として重要な輸送を担っていること、それがあるからこそ南大洋は人為起源CO2を効果的に吸収していると言えます。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
<将来の展望>
ここからは論文で述べられていること、それに関する補足を加えてまとめてみたいと思います。
エクマン輸送を生み出す一つの要因は、ACCの上を吹く偏西風の存在が上げられます。
南極から見て時計回りに循環する風ですが、南大洋では風応力に対して’90º左向き(つまり北向き)’に表層水が流れるためです。
表層から失われた海水を補うために、CDWから湧昇水がもたらされます。
このCDWはもともとDICが濃い(pCO2が高い)ため、あまり人為起源CO2を吸収する能力がありません。さらに生物活動も抑制されているため(c.f. HNLC海域;鉄仮説)、生物ポンプもあまり効率良く寄与していません。
しかしながら、それが北へと移流によって輸送される過程で大気とCO2を交換します。
蛇足ですが、産業革命前(完新世)においては南大洋は現在のような人為起源CO2の吸収源ではなく、自然のCO2放出源であったと考えられています(例えば、Gruber et al., 2009, GBCなど)。
ここでは南大洋の過程を非常にシンプルに表現していますが、実際には人為起源CO2の分布は水平方向に不均質性があることが報告されています(Sallee et al., 2012, Ngeo)。
例えば、南大洋で吸収された人為起源CO2のかなりの部分はインド洋の中層水に蓄えられています。
最近、南半球の偏西風は強まっている傾向にあり、さらに極側に中心軸がシフトしているという報告があります。
それはさらにエクマン輸送も強化するため、人為起源CO2の取り込み過程にも当然影響すると思われます。それは同じく人為起源物質であるCFCs(いわゆるフロンガス)の分析からも独立に求められています。
その原因は南極成層圏のオゾンホールや地球温暖化に求められています(例えば、Lee & Feldstein et al., 2013, Science; Waugh et al., 2013, Scienceなど)。
>関連する記事(Science)
The Psst That Pierced the Sky Is Now Churning the Sea
かつて空に穴を開けたものが今は海をかき混ぜている
Richard A. Kerr
図を見てみると分かるように、40ºS付近では、半分は表層におけるエクマン輸送が、もう半分はSAMWやAAIWといった混合層よりも深いところの水が輸送を担っていることが見て取れます。
より北の35ºS付近(亜熱帯フロント;subtropical front; STF)では表層600mでほぼ均質に北向き輸送が存在することが見て取れます。
従って、南大洋からのエクマン輸送が亜熱帯域の水塊に大きな影響をもたらしていると言えます。
以上から、エクマン輸送が主として重要な輸送を担っていること、それがあるからこそ南大洋は人為起源CO2を効果的に吸収していると言えます。
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<将来の展望>
ここからは論文で述べられていること、それに関する補足を加えてまとめてみたいと思います。
エクマン輸送を生み出す一つの要因は、ACCの上を吹く偏西風の存在が上げられます。
南極から見て時計回りに循環する風ですが、南大洋では風応力に対して’90º左向き(つまり北向き)’に表層水が流れるためです。
Iudicone et al. (2011, BG)を改変。 南大洋における物理過程の模式図 |
このCDWはもともとDICが濃い(pCO2が高い)ため、あまり人為起源CO2を吸収する能力がありません。さらに生物活動も抑制されているため(c.f. HNLC海域;鉄仮説)、生物ポンプもあまり効率良く寄与していません。
しかしながら、それが北へと移流によって輸送される過程で大気とCO2を交換します。
蛇足ですが、産業革命前(完新世)においては南大洋は現在のような人為起源CO2の吸収源ではなく、自然のCO2放出源であったと考えられています(例えば、Gruber et al., 2009, GBCなど)。
ここでは南大洋の過程を非常にシンプルに表現していますが、実際には人為起源CO2の分布は水平方向に不均質性があることが報告されています(Sallee et al., 2012, Ngeo)。
例えば、南大洋で吸収された人為起源CO2のかなりの部分はインド洋の中層水に蓄えられています。
Sallee et al. (2012, Ngeo)を改変。 南極から見た、南大洋の表層水の人為起源CO2の鉛直分布。特にインド洋の中層水で濃度が濃い。 |
最近、南半球の偏西風は強まっている傾向にあり、さらに極側に中心軸がシフトしているという報告があります。
それはさらにエクマン輸送も強化するため、人為起源CO2の取り込み過程にも当然影響すると思われます。それは同じく人為起源物質であるCFCs(いわゆるフロンガス)の分析からも独立に求められています。
その原因は南極成層圏のオゾンホールや地球温暖化に求められています(例えば、Lee & Feldstein et al., 2013, Science; Waugh et al., 2013, Scienceなど)。
>関連する記事(Science)
The Psst That Pierced the Sky Is Now Churning the Sea
かつて空に穴を開けたものが今は海をかき混ぜている
Richard A. Kerr
強化された偏西風によって人為起源CO2の取り込みが増えるのか・逆に減るのかについてはまだ議論が分かれていると言って良いと思います。
Ito et al.では’増える’と予想されていますが、逆に移流が強化された結果気体交換の時間が制限される、或いは、よりDICの濃い水が湧昇するためにCO2交換能力が抑えられる、などの要因で’減る’可能性もあります。
さらに下からもたらされる湧昇水や海洋酸性化・温暖化の影響、海氷範囲の変化によっても物理的・生物地球化学的な変化が生じると思われます。
今後も観測を継続し、モニタリングを行うことが重要と言えます。
さらに南大洋の過程は海洋大循環モデルでもまだまだうまく再現できていないため(例えば、Sallee et al., 2013, JGRなど)、さらなるモデル開発が重要になってくると思われます。
◎参考文献
Gruber et al. Oceanic sources, sinks, and transport of atmospheric CO2, GLOBAL BIOGEOCHEMICAL CYCLES 23, doi:10.1029/2008GB003349 (2009).
Iudicone et al. Water masses as a unifying framework for understanding the Southern Ocean Carbon Cycle, Biogeosciences 8, 1031–1052 (2011).
Sallee et al. Localized subduction of anthropogenic carbon dioxide in the Southern Hemisphere oceans, NATURE GEOSCIENCE 5, 579-584 (2012).
Ito et al.では’増える’と予想されていますが、逆に移流が強化された結果気体交換の時間が制限される、或いは、よりDICの濃い水が湧昇するためにCO2交換能力が抑えられる、などの要因で’減る’可能性もあります。
さらに下からもたらされる湧昇水や海洋酸性化・温暖化の影響、海氷範囲の変化によっても物理的・生物地球化学的な変化が生じると思われます。
今後も観測を継続し、モニタリングを行うことが重要と言えます。
さらに南大洋の過程は海洋大循環モデルでもまだまだうまく再現できていないため(例えば、Sallee et al., 2013, JGRなど)、さらなるモデル開発が重要になってくると思われます。
◎参考文献
Gruber et al. Oceanic sources, sinks, and transport of atmospheric CO2, GLOBAL BIOGEOCHEMICAL CYCLES 23, doi:10.1029/2008GB003349 (2009).
Iudicone et al. Water masses as a unifying framework for understanding the Southern Ocean Carbon Cycle, Biogeosciences 8, 1031–1052 (2011).
Sallee et al. Localized subduction of anthropogenic carbon dioxide in the Southern Hemisphere oceans, NATURE GEOSCIENCE 5, 579-584 (2012).
Sallee et al. Assessment of Southern Ocean water mass circulation and characteristics in CMIP5 models: Historical bias and forcing response, JOURNAL OF GEOPHYSICAL RESEARCH: OCEANS 118, doi:10.1002/jgrc.20135 (2013)