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2013年4月4日木曜日

「地球温暖化の科学」(北大環境科学院、2007年)

地球温暖化の科学
北海道大学大学院環境科学院
2007年 3月
¥3,000-

地球温暖化にまつわる科学的・社会的・経済的な側面を網羅した教科書。

これから地球温暖化を学ぼうという人、環境問題に関心のある人にオススメ。既にいろいろ知ってる人には批判的に読めて面白いかもしれない。

大気における過程だけでなく、海の重要性も広く指摘されており、「海洋酸性化」や「鉄散布実験」などにも触れられている。




5−5 地球温暖化と陸域雪氷の役割、および海水準上昇
には怪しいと思える記述が…著者が外国人でそれを訳した際の誤訳ともとれる?

・「棚氷は…ほとんどは大きな湾岸地形に支えられているので安定」→「一般には不安定と解釈されており、急激に氷を放出し、海水準を上昇させる可能性が指摘されている」
・「鮮新世は約1万年前まで続き」→「更新世(Pleistocene)は1.17万年前まで続き」

いずれにせよ、多くの人が章ごとに執筆に関わっているので、全体としての文体のまとまりはないものの、逆に研究者それぞれの文体が個性的で面白かったりする。

地球温暖化問題はもともと学術横断的なものなので、多くの科学者・政策決定者が関わっているということを感じることができる。

以下は個人的に気になった言葉と一部コメント。

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◎地球温暖化の科学
モデルの結果を解釈する上で、どの程度観測を再現しているのかはどの程度観測結果が正しいものとするのかの目安となる。モデルの結果のすべてを信じることもすべてを棄却することも行うべきではない。(pp. 68)
※古気候研究にも次第にモデルが多用されつつある。その走りとなったのが真鍋淑郎さんの「北大西洋への水撒き実験」といっても差し支えないように思う。しかし自分自身モデルの中身にまで当然精通しているわけではなく、なんとなく物理・生物・化学的にもっともらしい説明がモデルを通してなされているという感覚でしかない。それは逆に言えば古気候学者が各プロキシの’真の’不確実性について知ってはいるが、モデラーはそれを理解していないことに似ている。結局双方の歩み寄りが必要な局面に来ているのだと思う。

人間活動にともなう窒素の施肥効果は、二酸化炭素のものよりやや小さいか同程度と見積もられており、現在行われている研究テーマの一つである。(pp. 70)
※例えば、サンゴの白化というテーマ一つとっても、「富栄養化」「温暖化」「海洋酸性化」などの相互作用を考える必要があり、それが一般の人に状況を分かりにくくさせているとも言える。

地球温暖化による降水変化は、ある地域においては乾燥化をもたらすことになり、土壌水分は低下する。ある程度の変化であれば、栽培品目を変えたり、あるいは品種改良を行うことにより、対応することは可能であろう。米の作付けが不可能になるような事態が発生するとなると問題は深刻化する。(pp. 183)

先進国の家畜と発展途上国の人間は食糧をめぐる競合状態にある。(pp. 184)
※先進国に住むたった一人を(過度に)太らすために、やせ細った貧困国の大勢の人々が働いているという事実から目を背けてはいけない。

少なくとも自分たちの食べるものは自分たちで確保していく努力が必要である。(pp. 187)
※日本の食糧自給率のあまりの低さ。手遅れになる前に農業を底上げする必要がある。人口が今後も減り続ける日本は近い将来、中国や東南アジアの爆発的に増える人口に農作物を輸出するようになる?

気候変化などの地球環境問題には、国連環境開発会議(地球サミット)の「アジェンタ21」や国連気候変動枠組み条約UNFCCCで提案された「持続可能な発展」という原理に基づき、そのなかの「予防原則」や「費用と責任の原則」「世代間の公平性」に配慮すべきであるとされる。(pp. 188)
※ある意味で僕ら若手は、(自分たちも潜在的な当事者だが)先人が招いた史上空前の地球環境問題の尻拭いを、逼迫する国家予算・超高齢化社会へと向かう中で迫られているという、暗黒の世代に相当する。

人間集団の未来の特徴、行動、対処能力については確かに不確実さが存在するが、我々は忍び寄る環境負荷とその健康影響について、今、そして未来の世代にしっかりと伝える義務がある。忍び寄る地球規模での変化に我々(またこれからの世代)は、敏感でなければならない。そして今、その悪提供を最低限にするための努力が我々に強く求められている。(pp. 188)
※日本のマスコミが流す情報だけを頼りにしてはいけない。自ら情報収集する能力が情報化社会においては特に重要。世界は既に様々な局面で気候変化緩和に向けて動き始めていることをきちんと自覚しなければならない。

気候変化は長期的であり、多くの不確実性を抱えている。長期的であるがために、一般の国民にその健康被害や社会的なインパクトを自分の問題として、そして将来的なリスクとして認知させることが極めて困難である。したがって、集団としてはその国の文化的、教育的、宗教的な背景など、および個人レベルではこれらの大きな背景に規定された一人ひとりの体験や経験、そして価値観などに応じた新しいリスクコミュニケーション戦略が必要とされる。(pp. 194)
※仮に予測技術が大幅に進展して(それはほぼ不可能に近いが)、「○○年後には気温が1.0℃上昇します。危険に備えてください。」と言ったところで、日本国民は身の危険を感じるだろうか?地球温暖化問題は気温の上昇が招く、様々な副作用にこそ危険が隠れている。想像力を養い、危険予知能力を鍛えることがこれからの世代には必要かもしれない。他には地球を複雑なシステム(あらゆる局面で風が吹けば桶屋が…が成り立つ)としてしっかり捉える能力か。

データがないから、不確実であるから評価も意思決定もできないということではない。現実の多くの意思決定がこの不確実性のなかでなされていることを我々は再認識する必要がある。それゆえに、これからも長く続く次世代に我々の開発のツケを廻すことなく、将来を見渡した、持続可能な発展を行うための国家的かつ世界的な枠組みとそのなかで真摯に実行するための戦略の構築が求められている。またこれを後押しし、政策決定につなげる適切な行動を今実施することが我々一人ひとりに課されている。(pp. 194-195)

日本の場合、二酸化炭素を年間13億トン排出しているが、その内、廃棄物焼却と工業プロセスから排出される6%を除く94%がエネルギー起源である。このため、温暖化対策の柱となる温室効果ガス排出抑制対策はほぼエネルギー政策と同義であるということになる。(pp. 212)

そもそも日本の努力が全地球的課題である地球温暖化防止にどれだけ役立つかは冷静に考える必要がある。(pp. 223)
※現在に話を限定すれば日本の排出量の世界に占める割合は小さいかもしれないが、これまで問題を棚上げにしてきた責任、先進国として途上国のモデルになることを自覚せずに開発だけを繰り返してきた責任までは消えないことに留意しなければならない。

途上国の惨状は先進国にとって他人事ではない。特に日本は、周りに先進国がないという地理的要因のためもあり、先進国との貿易を上回るほどの貿易を途上国と行っている。基幹物質である穀物とエネルギーの自給率は20%少々であり、途上国からの輸入に大きく依存している。このように、地球温暖化の影響は、まず途上国に被害を及ぼし、その社会的な混乱がわが国に波及する方が主であろう。(pp. 228)

大気中の二酸化炭素を安定化するには、エネルギー消費を節約すること、二酸化炭素を陸域・海洋生態系に吸収させ、地中に隔離すること、そして、技術開発による新規エネルギー(自然エネルギーを含む)を創出することが挙げられている。また、人口問題を根底にかかえた食糧生産、水資源確保、エネルギー問題、そして生物多様性保持の諸問題も同時に起こってくるので、これらと地球温暖化を同時に解決しなければならない。すなわち持続可能な世界を構築することが求められる。(pp. 229)

国家間の極端な分業体制を進めて、重厚長大産業を欧米や日本から中国、インドなどの国々に移動するのでは、まったく問題の解決にならない。この観点からは、先進国から途上国先進地域へ環境技術を提供することが奨励される。(pp. 232)