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2012年11月19日月曜日

カリフォルニアの海洋酸性化

Rapid Progression of Ocean Acidification in the California Current System
Nicolas Gruber, Claudine Hauri, Zouhair Lachkar, Damian Loher, Thomas L. Frölicher, Gian-Kasper Plattner
Science (2012) Vol. 337 pp. 220-223

Rising Acidity Brings An Ocean of Trouble
ROBERT F. SERVICE
Science (2012) vol. 337 pp. 146-148

Evidence for Upwelling of Corrosive “Acidified” Water onto the Continental Shelf 
Richard A. Feely, Christopher L. Sabine, J. Martin Hernandez-Ayon, Debby Ianson, Burke Hales
Science (2008)  vol. 320 pp. 1490-1492

Ocean acidification in the California Current System
CLAUDINE HAURI, NICOLAS GRUBER, GIAN-KASPER PLATTNER, SIMONE ALIN, RICHARD A. FEELY, BURKE HALES, AND PATRICIA A. WHEELER
Oeanography (2009) Vol. 22 No. 4, pp. 60-71
より。

遅ればせながら、カリフォルニア海流系(CCS)の海洋酸性化についてのまとめ。
北極海や南大洋と並んで、世界で最も早く海洋酸性化が進行している海域の一つで、遠隔地ではなく人間が生活を営んでいる沿岸域における海洋酸性化のため、とくにアメリカにおいて注目が寄せられています。
またカリフォルニアには海棲ほ乳類の4割ほどが生息しているとも言われ、広く生態系に与える影響の評価という意味でも大きな関心が寄せられています。

海洋酸性化が進行しやすい海域としては高緯度域の海域がまず挙げられます。
海水の炭酸系(pH、炭酸塩の飽和度など)は水温の依存性が高く、また特に海洋表層で重要な大気中の二酸化炭素は水温が低いほどよく海水に溶けます(中学か高校で習う、所謂ヘンリーの法則)。
結果として、炭酸の平衡がより酸性側に移動し、海洋酸性化が他の海域に比べて早く進行します。

海洋酸性化は大気中のCO2濃度の増加だけが原因ではなく、下から二酸化炭素に富んだ深層水(pCO2が高く、pHが低い)が上がってくることによっても引き起こされます。
そのような「大気中のCO2濃度の上昇」と「深層水の湧昇」がダブルパンチのような形で海洋酸性化を招いているのが、南半球の南極を取り巻く南大洋であり、東岸境界流の流れる海域(代表的なのはカリフォルニア海流系、ペルーの湧昇域:フンボルト海流系)です。

カリフォルニアに代表される北西アメリカの沿岸域において湧昇を招く海洋物理としては’エクマン輸送’が原因として考えられます。
例えば北半球では、風が南に吹き付けると、その下の海流は全体として西向きに流れます。この時、東側に岸があると、失われた海水を補完するには深層から海水を持ってくるしかありません。つまり深層水の湧昇を意味します(図を見ると分かりやすいです)。
ただし、深層水といっても温度躍層の下部付近からもたらされる比較的浅い(100-200m深程度)部分にある海水です。
東岸境界流における沿岸湧昇の模式図。升本先生の講義スライドより。

世界の海水のpHは現在平均すると「8.1」程度です(約300年前の産業革命前は「8.2」程度だった)が、CCSの場合、通常状態で既にpHが低く「7.8-7.9」程度です。ただし湧昇の強弱は風の強さなどにも依存するため、pHの変動が大きく、また季節変動も見られるため、他の海域に比べて炭酸系の変動が非常に大きいのが特徴です。

もともとpHが低い(炭酸塩に関して不飽和な海水が多い)海域ではあるものの、近年の海洋酸性化によって生物が耐えうる閾値を超え、生態系が激変するのではないかという懸念があります。

カリフォルニアにおけるカキ市場は年間1億1千万ドルもの漁獲高があり、漁業経済に与える影響も計り知れないものがあります。
海洋酸性化に脆弱なカキの幼生が成長初期の段階で殻を作ることができない、などの報告が酸性化実験などを通してなされていますが、既にカキの養殖には影響が出始めています。
2007-2008年にはNetarts湾のカキの養殖業者(Whiskey Creek Shellfish Hatchery)が80%ものカキが不作となり、廃業に追い込まれています。
原因は飼育水槽内にpHの低い海水が汲み上げられていたことだと後に分かり、それ以降、他の養殖業者はpHが高い時期・時間帯に海水を汲み取るなどの措置をようになったそうです。

ここではカキを例に挙げましたが、他の生物についても同様に酸性化に対する影響評価がなされているものの、理解は十分ではないと言わざるを得ません。
例えば、下の表は円石藻、珪藻、海藻、ウニ、ムラサキイガイ、カキなどの重要な生物種についての酸性化に対する脆弱性、理解度などまとめたものです。
Hauri et al. (2009)を改変。
各生物の海洋酸性化に対する脆弱性、理解度などをまとめたもの。
酸性化実験などでは一般に炭酸塩の殻を作る生物には負の影響が見られていますが、実験はあくまで仮想状態であり必ずしも現実を反映していないこと、同属間でも種の違いで脆弱性が異なるなど、生物応答の将来予測は非常に難しい側面があります

最近行われた国際学会(the Ocean in a High-CO2 World)のまとめとして出されたScienceの記事でも、従来の酸性化実験では必ずしも複雑な生態系の相互作用を予測するには十分でないことが指摘されています(日本語のまとめ英語原文)。



炭酸系の化学に関してはこれまでの知見から非常に精度よく計算をすることができます。
ただしCCSにおいてそれを行うためには大気中のCO2濃度の変化の仕方海洋物理の両方をしっかり抑える必要があります。

また海洋の循環は非常にゆっくりとしていますが、Feely et al. (2008)の中では、今湧昇している酸性化した海水は50年前に大気と最後の接触を断った海水と見積もられています。
当時は大気中のCO2濃度が今よりも幾分(~65ppm)低い状態でした。
またCCSのように季節差が大きい海域においては季節ごとの変化も重要になってきます(例えば、夏の酸性化がどれほど継続するかなど)。
つまり「時間」も重要な要素です。



そこで登場するのが人間の科学的な知見が集約されたモデルシミュレーションです。


特にGruber et al. (2012, Science)の研究では非常に高解像度のモデルを採用し、小さな渦までも再現できています。
Hauri et al. (2009, Oceanography)の研究でもモデルシミュレーションを行っていますが、基本的に同じモデルのようです。

モデルの中には海洋物理以外にも生物活動(栄養塩-植物プランクトン-動物プランクトン-生物遺骸)や炭素循環のモデルも組み込まれており、いくつかのCO2排出シナリオに基づいて将来予測がなされています。



現行の予測結果について最新のGruber et al. (2012, Science)の研究結果を以下に要約しておきます。

IPCCの二酸化炭素排出シナリオのうち、

  • 二酸化炭素を多く排出するシナリオ(A2):2050年に541ppm
  • 二酸化炭素を少なく排出するシナリオ(B1):2050年に492ppm

に基づいて予測を行った場合、「海洋表層のpH」と「炭酸塩(ここではより溶けやすいアラゴナイトの例)の不飽和度(Ωarag)」が
産業革命以前には
  • pH = 8.03
  • Ωarag = 1.94
であったものが今や
  • pH = 7.95
  • Ωarag = 1.67
になっており、さらに2050年には
  • pH = 7.92
  • Ωarag = 1.26
と変化することが予測されています(A2シナリオの場合)。

また2005年当時で既に海洋表層の有光層のΩaragは大部分が1.0-1.5程度になっており、産業革命以前の24%に比べると大きく低下しています。
(※目安としてはΩarag = 1.0が無機的な炭酸塩の溶解が始まる閾値ですが、実際にはこれよりも高いΩaragで溶解が起きると報告されています。熱帯の造礁サンゴは3.3とも。)
また酸性化は沿岸部に近いほど顕著で、また夏に特に大きく起きるため、夏の沿岸部において特に顕著に影響が出ることが予測されています。

Gruber et al. (2012)を改変。
各海域(熱帯、南大洋、北極海、CCS)の表層水の海洋酸性化の将来予測。Ω=1が無機的に炭酸塩が溶け出す閾値を表す。海域ごとに異なる速度・メカニズムで酸性化が進行し、生態系に影響を与えると考えられる。またその程度は二酸化炭素排出のシナリオによって大きく異なる。この図はA2シナリオの場合。
また大陸棚の底層水(~50m深)ほど先に(下から湧昇水がもたらされるため)不飽和状態(Ωarag < 1.0)になりますが、2020年半ばにはすべての底層水が不飽和になるとも予測されています。

特に海洋表層の酸性化の予測結果はB1シナリオについてもさほど大きくは変わらず、それは各シナリオで大気中二酸化炭素濃度が大きく変わらないことが原因と考えられます(上昇速度よりも最終的な濃度が重要らしい)。


従って、B1シナリオに下回る勢いで大気中の二酸化炭素排出を抑えない限り、モデルの予測結果が現実に起きることを示しており、それは特に底層水から先に起きるということになります(じわじわ下から上がってくるイメージ)。


ただし、モデルの再現の問題や、気候変動に伴って気候場そのものも変化する問題など、必ずしもモデルが完璧には将来を予測できるわけではないことに留意する必要があります。


さらに重要なのは海洋化学的な予測結果と実際の海洋生態系の応答の間にも乖離があり、(繰り返しになりますが)特に生態系の応答に関してはまだ分からないことが多いということです。
例えばある生物に着目した場合でも、その生物の生息環境・生息形態・海洋酸性化に対する各成長段階での脆弱性なども関係します(当然、季節にも規定される)。

また、Gruber et al. (2012, Science)の研究は特に「pH」と「Ωarag」に焦点を充てて将来予測を行っていますが、実際には炭酸系を構成する他の要素(炭酸イオン、重炭酸イオン、溶存CO2など)が個々の生物の生理学的な過程に与える影響、さらには海洋酸性化と同時に起きる溶存酸素濃度や温度変化の与える影響など、あらゆる変数を厳密には考慮しなければなりません。


海洋酸性化は化学・物理・生物・地質学などの関連する学問すべてが複雑に関係した学術横断的な研究分野と言えます。