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2014年9月15日月曜日

サンゴに未来はあるか?2

以前書いた記事「サンゴに未来はあるか?」は僕の書いた記事の中でも特に読まれているものです。これまでに14,000人ほどの読者に見られたようです。

前回の記事を書いたのは2013年の1月。
どちらかと言うと、前回の記事はScience・Natureなどで大きなニュースとして捉えられたものが中心でした。
それから早1年半が経過したので、最近の知見を交えつつ、重要な文献を紹介しながら僕なりの意見を再びまとめておきたいと思います。
サンゴの将来に対しては悲観的な意見が大半ですが、中には楽観的なものもあるため、それぞれ紹介してみたいと思います。



1、悲観論

悲観論の根拠としては、「温暖化に伴うサンゴ白化現象の頻発」、「室内水槽実験における温暖化・海洋酸性化に対する石灰化速度の低下または致死」といった観測事実に基づいています。
白化現象の多発について疑問を呈する研究者はほとんどいないと思います。ただし、必ずしも温暖化・海洋酸性化だけがその原因となっていないことに注意が必要です。
というのも、破壊的な漁業(爆発物や青酸毒を使うもの)、土地開発に伴う陸からの堆積物流入、オニヒトデの異常発生、沿岸部の開発など、様々な要因が関係しあっており、それらを単一の原因で考えることが難しいためです。
場所が違えばサンゴへのストレス要因も異なるということです。

海洋酸性化実験もこれまであらゆる種の造礁サンゴに対して研究がなされてきました。
最近のレビュー論文によれば、造礁サンゴでも海洋酸性化に対して負の応答を示すもの(敗者;loser)もあれば、正の応答を示すもの(勝者;winner)もいるが、全体的に言えば負の影響が大きいと考えられています(Doney et al., 2009; Barry et al., 2009など)。ただし、海洋酸性化の影響だけを見ても、サンゴの種ごとに飽和度の変化に対する感度が異なるため、より敏感なものから順に影響を被り、耐性の強いものが生き残る(或いは恩恵を被る?)ことが予測されます。

サンゴの石灰化速度が低下すると、様々な波及効果が生じます。というのも、サンゴはサンゴ礁生態系におけるエネルギー生産の根幹部分をなしており、サンゴの複雑な構造が様々な小型生物の住処を提供し、それを補食する中型・大型生物を支えています。さらに言えば、死後の骨格はサンゴ礁地形そのものをも作り出しています。
サンゴは常に生物的(穿孔型の生物など)・物理的(嵐など)に侵食されていますが、ひとたび石灰化速度が遅くなると、より侵食に弱くなることも当然予想されます(例えば、Kleypas & Yates, 2009; 日本サンゴ礁学会, 2011など)。

酸性化模擬実験:Biosphere-2(Langdon et al., 2003)では、サンゴの石灰化速度は海水の炭酸塩飽和度(ここではアラゴナイト)に非常に敏感であることが示され、一般には、飽和度が「3.3」付近で、サンゴ礁の石灰化が生成から溶解に転じるとも言われています(Kleypas et al., 1999; Hoegh-Guldberg et al., 2011など)。ただし、この「3.3」という数字は必ずしもすべてのサンゴ礁についてあてはまるものではないことに注意が必要です。

温暖化や海洋酸性化は一律にすべての生物に悪影響をもたらすというよりは、サンゴ礁に棲む生物の間で勝者と敗者に分かれるというのが多くの研究者のコンセンサスとなりつつあります(Pandolfi et al., 2011; Kleypas & Yates, 2009など)。特に大型藻類はCO2濃度上昇による光合成の活発化を通じてサンゴ礁に置き換わる形で繁栄すると思われ、またそれはCO2が吹き出す火山地域のサンゴ礁(パプアニューギニアとイタリアが有名)でも明瞭な生物相の変化が確認されています(Fabricius et al., 2011; Hall-Spencer et al., 2008)。
サンゴ礁において生態学的なレジームシフト(サンゴ礁→大型藻類)が起きる可能性については、実際に起きたジャマイカの例(Hughes, 1994)がよく引き合いに出されます(日本サンゴ礁学会, 2011; Kleypas & Yates, 2009)。

2、楽観論

楽観論の根拠としてはいくつかありますが、代表的なものを挙げてみます。

サンゴが高温ストレスに弱いことは上述の通りですが、中には熱ストレスに強いものも見つかっています。アメリカ領サモアで見つかったクシハダミドリイシ(Acropora hyacinthus)がそれにあたります(Barshis et al., 2012)。
こうしたサンゴを他の劣化したサンゴ礁に移植すればサンゴ礁を存続させる道も開けるかもしれません。

僕自身が詳しいサンゴ骨格のホウ素同位体(δ11B)はサンゴ石灰化母液のpHを推定できる可能性が指摘されています。実際、サンゴの石灰化の際にpHが上昇していることがマイクロセンサー(Al-Horani et al., 2003)やpH試薬(Venn et al., 2011)を使った手法で確認されています。
それを使って酸性化海水下で飼育したサンゴの石灰化母液のpHを推定してみると、ある程度酸性化しても母液のpHは維持されるということが分かりました(Trotter et al., 2011; McCulloch et al., 2012a, b)。
海洋酸性化の進行に対し、この母液のpHを維持する機構がうまく働けば、酸性化を打ち消すことも可能かもしれません。

つい最近の報告ですが、低いpHに適応したサンゴ礁もパラオにおいて見つかっています(Shamberger et al., 2014)。21世紀末に訪れるであろう酸性化がすでに起きていますが、サンゴの多様性・被覆度など健康なサンゴ礁のものと遜色ないとのことです。
上述のパプアニューギニアやイタリアの例とは正反対の例になりますが、これから調査が進められていくものと思います。

環境変化に対するサンゴの「適応」の期待も当然ながらあります。一般に、世代時間(generation time)が短いものほど遺伝変異の可能性が高くなりますので、それだけ世代を経るごとに環境の変化に適応していくと思われます。
実際、円石藻といった世代時間が極めて短い微生物に対しては、酸性化に適応できる可能性も指摘されています(Lohbeck et al., 2012)。
イシサンゴ目のサンゴには群体もいますし、単体のものもいます。長寿命のものよりは、短寿命で繁殖・分裂を繰り返すサンゴほどこうした適応の可能性が高いかもしれません。
ちなみに、酸性化実験からサンゴが骨格を消失した後もイソギンチャクとして生き続け、その後元の海水に戻したところ、再び骨格形成が回復したという事実も確認されています(Fine & Tchernov, 2007)。

3、私見
生態系は往々にして複雑であり、ある地域の観測がそっくりそのまま他の地域にあてはまることはごく稀です。
酸性化実験の結果が必ずしも野外での観察と一致しないように、酸性化サイトの観測がそっくりそのまま未来のサンゴ礁の姿を映し出すとも思えません(極めてユニークな研究対象地ではあると思いますが)。
放卵性のサンゴの卵は海の流れによってばらまかれるため、温暖化が進行するにつれてサンゴの生息域は北上しつつあり、その分布範囲を広げつつあります(ただし、サンゴとサンゴ礁とは別物であることに注意)。
従って、海洋循環・海洋鉛直構造の変化、流れ着いた先の生態系との相互作用、栄養塩・光環境の変化に対する応答もまたサンゴ礁の将来を決定する要因となります。
温暖化と酸性化の進行とともに、海洋生態系が我々がこれまでに知っていたものとは大きく変化することになることは疑いの余地がありません。変化がないと考えるのはあまりに楽観的すぎます。
上述のように、勝者と敗者が分かれ、それらが複雑に関係しあって将来のサンゴ礁が形作られるのでしょう(その力学の中で礁を形成できる種が卓越するかどうかは不明)。
また人間の直接的関与(サンゴ礁保全や漁業規制など)もまた大きな要素になってくるはずです。

ここまで複雑になってくると、人類が今後どれだけCO2を排出するかの予測もままならない現状を鑑みると、生態系の変化の予測など空想に過ぎないと感じるわけです。
複合ストレス飼育実験(温暖化・酸性化・栄養塩・光量変化など)やメソコスム実験(個体ではなく生態系全体を実験対象にする)は今後も続き、最新鋭のコンピュータを駆使して「どこのサンゴ礁がもっとも危うい」といった予測は繰り返し行われることと思います。
しかし、結局のところ「その時になってみないと分からない」というのが僕個人の私見です。
ただし、予測はままならないとしても、(地球環境にとっては言うまでもなく)人間にとっても悪影響である可能性が極めて高いからこそ、気候変化緩和の必要性をひしと感じています。
皮肉なことに、20世紀型産業文明のもとで破壊され汚染された環境を浄化し、地球温暖化・気候変動を緩和し、それらへの適応を図ることが、21世紀の科学技術に課せられた最大の課題なのである。
(佐和隆光「グリーン資本主義 - グローバル「危機」克服の条件」2009年)

◯文献
Al-Horani et al., 2003, Marine Biology
Barry et al., 2009 (in Ocean acidification, Chapter 10)
Barshis et al., 2012, PNAS
Doney et al., 2009, Oceanography
Fabricius et al., 2011, Nature Climate Change
Fine & Tchernov, 2007, Science
Hall-Spencer et al., 2008, Nature
Hoegh-Guldberg et al., 2011, Science
Hughes, 1994, Science
Kleypas & Yates, 2009, Oceanography
Kleypas et al., 1999, Science
Langdon et al., 2003, GBC
Lohbeck et al., 2012, Nature Geoscience
McCulloch et al., 2012a, Nature Climate Change
McCulloch et al., 2012b, GCA
Pandolfi et al., 2011, Science
Shamberger et al., 2014, GRL
Trotter et al., 2011, EPSL
Venn et al., 2011, ProsOne
日本サンゴ礁学会, 2011, 「サンゴ礁学」