Paul Blanchon, Marian Granados-Corea, Elizabeth Abbey, Juan C. Braga, Colin Braithwaite, David M. Kennedy, Tom Spencer, Jody M. Webster & Colin D. Woodroffe
Scientific Reports 4, doi:10.1038/srep04997 (2014).
より。
何故、南太平洋の広大な海に、サンゴの島が突如現れるのか?
そしてそれはいかにしてできたのか?
ナショナルジオグラフィックより |
1835年にダーウィンがビーグル号でタヒチを訪れた際に抱いた疑問。
1842年には原因は火山島の回りに発達したサンゴ礁が、地殻変動により火山が沈降し海の上に取り残されたという、沈降説が提唱され、その後登場したプレートテクトニクスの概念と併せてさらに洗練され、現在でも広く受け入れられている。
NOAAより |
沈降説では、まず火山島の回りに裾礁(fringing reef)ができ、それがやがて堡礁(barrier reef)となり、最終的にサンゴだけが取り残されて環礁(atoll)になるとされる。
東北大学 井龍康文教授HPより |
しかしながら、沈降説は多くの地形発達史を説明できるものの、一つのサンゴ礁を対象にした研究で、矛盾なく沈降説だけで証明したものはこれまでなかった。
特に、裾礁が堡礁になる過程には謎が残されているとされる。
"Although the theoretic possibility of the conversion of a fringing reef into a barrier and a barrier reef into an atoll may not be denied, no instance of such a conversion has yet been discovered." Vaughan (1919)
Blanchon et al.では、南太平洋に浮かぶタヒチのサンゴ礁に着目し、その発達史をこれまでに行われた陸上・沈水サンゴ礁掘削から得られた化石のサンゴ礁試料をもとに、サンゴ礁発達史の復元を試みた。
Scientific Reportsより |
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タヒチの沈水サンゴ礁掘削は統合国際深海掘削計画の第310次航海(IODP Exp. 310)で行われており、私をはじめとして横山研も強く関係している。
IODP Exp.310はもともと過去の海水準変動を復元することを主眼に置いて行われた国際プロジェクトである。
詳しくは以下の記事を参照のこと。
>拙ブログ記事「タヒチの埋没サンゴ礁から過去の海水準変動を復元する」
現時点での代表的な研究成果は以下のものである。
1、14,600年前の海水準上昇イベントのタイミングが北半球の温暖化(B/A)の始まりと同時であったことを大量のサンゴの年代決定から示し、その際の海水準上昇の原因となった氷床融解は南極のものであったことを地殻変動・氷床モデルから示唆
Deschamps et al. Ice-sheet collapse and sea-level rise at the Bølling warming 14,600 years ago. Nature 483, 559-564 (2012).
2、15,000年前の化石サンゴのSr/Ca古水温復元から、タヒチにおいて当時エルニーニョ的な気候変動が存在したことが示唆され、北大西洋への融水注入イベント(ハインリッヒ・イベント1)が赤道太平洋のENSOを活発化させていた可能性が示唆
Felis et al. Pronounced interannual variability in tropical South Pacific temperatures during Heinrich Stadial 1. Nature Communications 3:965, doi: 10.1038/ncomms1973 (2012).
3、一つ前の退氷期においては北半球の日射量が最低であった際に退氷が起きていたことを化石サンゴのU/Th法の年代決定から示し、最終退氷期とは異なるきっかけでターミネーションが起きていた可能性を示唆
Thomas et al. Penultimate Deglacial Sea-Level Timing from Uranium/Thorium Dating of Tahitian Corals. Science 324, 1186-1189 (2009).
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話を元に戻すと、Blanchon et al.はサンゴ掘削試料から、タヒチにおける堡礁の形成史を明らかにしている。
現在タヒチには海面よりも上に火山でできた陸地が存在するため、まだ環礁のフェーズには入っていない。
サンゴ種の細かい記載は私も理解できないので割愛させていただくと、タヒチの堡礁は2回の海水準上下動(つまりMIS6以降)で形成されたらしい。
それを模式化した大変分かりやすいイラストが以下のものである。図に沿って説明を加えたい。
Blanchon et al.より |
Reef-SL (Sea Level) Cycle 1
まず、海水準の低下期(MIS6)から上昇期(MIS5; 最終間氷期)にかけて、海水準が上昇する(Termination 2; penultimate deglaciation)が、それにあわせてサンゴ礁が火山の傾斜に沿って形成される(裾礁)。
海水準が最大に達した(high stand)時点でサンゴ礁は上方成長を止め、水平方向に成長することで、礁原(reef flat)が形成される。
※補足
最終間氷期には現在よりも海水準が5-9 mほど高かったことが指摘されている(例えば、Dutton & Lambeck, 2012, Science)。
Reef-SL Cycle 2
再び最終氷期(MIS2; LGM)へと向けて海水準が低下する。次第に火山は活動が弱まり沈降して行く。
前の退氷期(海水準上昇期)に形成された裾礁の一部は風化され、浸食される。
その後、再度海水準上昇期(Termination 1; the last deglaciation)が訪れ、一つ前のサンゴ礁の基盤の上にさらにサンゴ礁が成長する。
やがて1つ前の退氷期に形成された礁原にぶつかるが(火山の沈降が原因で、海水準よりも下で起きる)、それがきっかけとなり、サンゴの成長方向が傾斜に沿った方向から上方へと転じる。
ここでミドリイシ類(Acropora sp.)が卓越するのが、サンゴ礁の成長方向を変えるのに寄与するとされる。ミドリイシは比較的エネルギーが高い海域でもよく育つものの、沿岸からもたらされる砕屑物の量が多いと逆に育ちにくい。
そのため、陸からの距離を増し、砕屑物をトラップする働きのある礁原の存在が、礁嶺(reef crest)におけるミドリイシの成長を助け、結果的に上方への成長を促進するものと考えられる。またこのとき、海水準上昇の速度に対して石灰化速度が追いつく(keep-up/catch up)ことが重要であり、そうでなければサンゴは水面下に溺れてしまうことになる(give-up)。
Reef-SL Cycle 3
礁原による砕屑物のトラップは引き続き継続し、火山島は沈降し続けるので、最終的にサンゴだけが水面に顔を出す、環礁が形成される。
タヒチもゆくゆくは環礁になるのかもしれない。
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興味深いのは、サンゴ礁の地形発達はプレートテクトニクスとも関係があることだ。
中央海嶺にて形成された海洋プレートはその後両側へと広がっていくが、徐々に冷却される過程で密度を増し、沈降するので海の深さは次第に増すことになる。そこに下のマントルからプリュームが上昇してきてホットスポット火山が形成される。活動が終わった火山は冷却とプレートの移動によって次第に沈んでいくのである。
サンゴが好む低栄養、澄んだ水、高水温の海域に火山が形成されれば、その周囲に裾礁が形成される。条件が整わなければサンゴ礁は発達しない。
ただし、実際にはすべての火山島が同じような歴史をたどるわけではなく、プレート境界に位置し隆起している火山島もある。
そこでは陸上に過去のサンゴ礁が露出している、隆起サンゴ礁(バルバドス・喜界島など)が見られる。
また一度沈んだ環礁が再度顔を出し、大規模な隆起サンゴ礁となった島もある(南大東島など)。
ブルーホールやセノーテなど、サンゴ礁には変わった地形が多くダイバーの憧れの的となっているが、地球の地質学的過去に思いを馳せてその成因を考えてみると、また違った楽しみができるかもしれない。
◯その他の参考文献
サンゴ礁学〜未知なる世界への招待(日本サンゴ礁学会 編、2011年、東海大学出版会)
氷床の安定性と海水準(横山祐典, 2012, JGL)