J. Yu, L. Menviel, Z. D. Jin, R. F. Anderson, Z. Jian, A. M. Piotrowski, X. Ma, E. J. Rohling, F. Zhang, G. Marino & J. F. McManus
Nature Geoscience (2020)より。
大西洋の異なる深度から得られた、海底堆積物コア中の底生有孔虫のB/Ca分析から氷期の大西洋の水塊構造と炭素循環(大気中CO2濃度への影響)を議論。
底生有孔虫のB/Caは底層水の炭酸イオン濃度[CO32-]を復元する手法として知られる。
あくまで経験則で理論的な裏付けがあるわけではないのだが、特にケンブリッジのグループが利用している手法である。
類似した手法でホウ素同位体(δ11B)を利用したものがあるが、こちらは海水のpHを復元する手法で、理論的な裏付けがしっかりとある。
今回、著者らは大西洋の広い緯度(やや大西洋の東に記録が偏っており、著者らも西の記録を今後得る必要性を明記している)・深度から得られた海底堆積物コアのうち、完新世と最終氷期(LGM)の部分を集中的に分析することで、現在(産業革命以降の海洋酸性化の効果は補正)とLGMの[CO32-]の南北断面を明らかにしている。
また、南大西洋から得られた2本の海底堆積物コア(TNO57-21とMD07-3076Q)については、集中的に分析し、過去60kaから現在にかけての時系列変動も明らかにしている。
ちなみに、これらの海底堆積物コアの有孔虫δ13C、14C、εNdを用いた研究はすでになされている。
ICPMSで測定したB/Caの誤差と、経験的なB/Ca-[CO32-]関係式の誤差を考慮し、復元された[CO32-]の誤差は5 μmol/kgと見積もっている。
現在、大西洋の南北構造を見ると、北大西洋深層水(NADW)が大きく沈み込んで南下していおり、大西洋の大部分を占めている姿が見て取れる(南に一部AABWやCDW)。
一方、LGMには、NADWの沈み込みが抑えられ(より浅く沈み込み)、上層にGNADW、下層に南極底層水(GAABW)という2層構造であったことが広く信じられていた(※GはGlacialで、氷期の、という意味で現在のものと区別している)。
しかし今回、著者らの新しい復元記録によって、GAABWの上(3〜4 km水深)に、妙に[CO32-]の低い水塊(60〜80 μmol/kg)が存在することが見つかった。
δ13C-[CO32-]、εNd-[CO32-]、の2成分混合を考えた結果、GNADWとGAABWのエンドメンバーを考慮した混合では説明できない別の水塊が必要であることが分かった。
それこそが、彼らが提案する太平洋を起源とする太平洋深層水(GPDW)である。
そうした水塊は、LGMのもっとも氷床の拡大した、寒かった時期に20°Sまで北上していた可能性を指摘している。
氷期には大気中のCO2濃度が低下しており、その大部分は深海に蓄えられてたと考えられている。CO2が深層により多く存在したということは、DICは増加し、pHは低下していた([CO32-]は低下)可能性が高い。
彼らの推定によれば、そうしたPDWへの炭素取り込みが、大気中のCO2濃度低下にも寄与していた可能性が高いという。ただし、南大西洋に見つかった今回の水塊が蓄えていた炭素は~30 Gtと推定され、それだけでは足りない(~200 Gtをどこかに隔離する必要がある)。
もし太平洋にも広く炭素が隔離されていれば、大気中のCO2濃度低下を十分に説明可能であると著者らは指摘する。
もう一点、南大西洋の時系列の[CO32-]記録(MD07-3076Q)を見ると、40-20kaに向けてLGMへと気候が寒冷化する際に大気中のCO2濃度が~20 ppm低下しているが、その際に水深3,800mの[CO32-]もまた低下しており、関連が窺われる。