November 2012, Volume 5 No 11 pp755-834
Correspondence
Giant Lake Geneva tsunami in AD 563
AD563年のジュネーブにおける巨大な湖津波
Katrina Kremer, Guy Simpson & Stéphanie Girardclos
ジュネーブ湖の沿岸部の地形調査や湖堆積物の音波探査、堆積物コア採取などから、AD563に落石を起源とする巨大な津波が起きていたことが分かった。湖の堆積物には厚さが平均5mにも及ぶ津波性の堆積物が残されていた。現在ジュネーブでは特に大きな地震は起きないが、この津波が地震がきっかけで起きたかどうかは今のところ分かっていない。また落石そのものは湖に流入するRhone川の下流で起きており、それが三角州を不安定化させた結果、津波が生じたことが考えられるが、因果関係はまだ明らかでない。数値モデルではうまく津波が再現され、同様の規模のものが今起きればジュネーブの中心街内部まで津波が押し寄せると予測されている。堆積物記録からは擾乱を受けた堆積構造が完新世を通して何度も見受けられるため、将来も落石・地震・洪水などがきっかけとなって三角州斜面の不安定下が起こり、津波が起きる可能性が高い。津波は海岸付近だけでなく湖畔でも起きる可能性があるため、津波の危険度は過小評価されているかもしれない。
Commentary
Restoration sedimentology
堆積学の修復
Douglas A. Edmonds
河川の流入量の調整や海水準上昇によって三角州の生態系やそれを支える堆積学的なプロセスがダメージを受けてきた。そうした消失しつつある三角州における土地形成プロセスを保護するための科学的な努力が必要とされている。
Research Highlights
Vesta’s veneer
Vestaのベニヤ
Icarus 221, 544–559 (2012)
Vestaの南極にあるVeneneiaクレーターは暗い物質が豊富で、その組成は炭素質コンドライトでできているらしい。またその縁辺には隕石衝突起源の砕屑物(イジェクタ)が堆積しているため、クレーターは火山ではなく隕石衝突が起源で形成されたことが示唆される。そうした暗い色をした物質と地球で見つかった隕石の破片(carbonaceous clasts
in howardite meteorites)との類似性は、その隕石がVesta起源であることを物語っている。
Oceanic oxygen loss
海の酸素の欠乏
J.Geophys. Res. http://doi.org/jjg (2012)
海水の酸素濃度は気候によって大きく影響を受けるが、北大西洋の表層海水の酸素濃度はここ50年間下がり続けている。海洋循環と気体交換の変化が原因として考えられる。しかし逆に深層水の酸素濃度は上昇傾向にあり、深層水の温度低下によって溶解度が変化したことが原因として考えられる。将来温暖化が進行することで成層化が強化され、北大西洋全体で酸素欠乏状態になることが予想されている。
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Oxygen trends over five decades in the North Atlantic
I. Stendardo & N. Gruber
Sun and wind
太陽と風
Geophys. Res. Lett. http://doi.org/jjf (2012)
AD1645-1715年の間のマウンダー太陽活動極小期には南半球の偏西風帯が赤道側へシフトしていたことが大気海洋循環モデルを用いたシミュレーションと海底堆積物を用いた古気候復元から明らかになった。シミュレーションの中では成層圏におけるオゾン形成を減少させた時(太陽活動が弱い時期に起きると予想される)に偏西風帯の大きなシフトが起こることが示された。海洋堆積物中の鉄の濃度を風成塵の寄与の大きさと考え、それと木の年輪14Cやアイスコア10Beとの相関が良いことから偏西風の位置と太陽活動の変化とを対応づけて議論している。
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Impact of solar-induced stratospheric ozone decline on Southern Hemisphere westerlies during the Late Maunder Minimum
Varma, V., M. Prange, T. Spangehl, F. Lamy, U. Cubasch, and M. Schulz
Anomalous mantle
例外的なマントル
Earth Planet. Sci. Lett. 353–354, 253–269 (2012)
太平洋やアフリカ大陸の下のマントルで地震波が遅くなるのは、かつてのマントルが熱・化学的に周囲と比べて異なっていることが原因として考えられてきたが、熱力学を組み込んだ数値モデルから、化学的な不均質さなしで(熱的な変動だけで)低速度が説明可能であることが示された。化学的な不均質性の重要性は従来考えられていたよりも小さいことが示唆される。
News and Views
Human-induced shaking
人間が作った地震
Jean-Philippe Avouac
2011年にスペイン南部を襲った比較的小さな地震の表面の変形状態からその地震が周辺の地下水の過剰汲み上げによって断層が滑ったことが原因であることが示唆されている。
Tree rings and storm tracks
木の年輪と嵐の軌跡
Julie Jones
南半球の気候復元は限られている。木の年輪の分析から最近の夏の嵐の軌跡が過去600年間で前例がないものであることが示唆されている。
Lunar water from the solar wind
太陽風が元になっている月の水
Marc Chaussidon
月の表面にはほとんど水が存在しないが、月の土壌の分析から、衝突ガラス(impact glass)がふんだんに水を含んでおり、太陽風を起源とする同位体比を持っていることが分かった。
Rockfall-induced eruption
落石起源の噴火
Amy Whitchurch
現在観光地や活動的な火山として有名なハワイのキラウエア火山は2008年以降有毒な火山ガスを噴出し続けているが、2008年3月から割れ目からガスが噴出し始め、2008年の10月12日には大規模な噴火が発生した。その噴火の原因になったのはマグマのガス圧が高まったというよりは、周辺の崖から落下した石が溶岩に直撃したことであったらしい。
Future oceans under pressure
圧力のかかった将来の海
Hisashi Nakamura
亜熱帯高気圧帯は全球の気候に広く影響を及ぼしているが(例えば砂漠地帯の形成など)、陸と海との熱的なコントラストが強められた結果、この21世紀は北半球の夏の亜熱帯高気圧系が強められるだろう。
Progress Article
Biological processes on glacier and ice sheet surfaces
氷河と氷床の表面における生物プロセス
Marek Stibal, Marie Šabacká & Jakub Žárský
氷河は大陸の10%を覆っているものの、氷河の物理プロセスと違い生態系に関しては分からないことが多い。先行研究のレビューから、氷河や氷床の表面(supraglacial environment)に棲息している微生物が氷河環境と地球の生態系の両方において重要な役割を負っていることが示される。例えば、微生物活動が氷の反射率を変え、氷の物理特性を変えることもある。また炭素循環の観点からも微生物が大気中のCO2交換に寄与しており、氷河がCO2に関する放出源となるか吸収源となるかを決定している。一般には中流域は吸収源、氷河の縁辺部(氷が融解するところ)は放出源となっているらしい。
Letters
Compositional evidence for an impact origin of the Moon’s Procellarum basin
月の’嵐の大洋’が衝突起源であることの組成的な証拠
Ryosuke Nakamura, Satoru Yamamoto, Tsuneo Matsunaga, Yoshiaki Ishihara, Tomokatsu Morota, Takahiro Hiroi, Hiroshi Takeda, Yoshiko Ogawa, Yasuhiro Yokota, Naru Hirata, Makiko Ohtake & Kazuto Saiki
月の表と裏側は組成がかけ離れている。月の’嵐の大洋’にカルシウム輝石(calcium pyroxene)がわずかに存在することは、それが古代の隕石衝突構造であることを示唆している。
Direct measurement of hydroxyl in the lunar regolith and the origin of lunar surface water
月のレゴリスのヒドロキシル基の直接測定と月の表面の水の起源
Yang Liu, Yunbin Guan, Youxue Zhang, George R. Rossman, John M. Eiler & Lawrence A. Taylor
月の土壌に形成されたガラス(小型隕石衝突の結果)中にヒドロキシルが存在することは、月の水が太陽風起源であることを物語っている。
A stratospheric connection to Atlantic climate variability
大西洋の気候変動に対する成層圏のコネクション
Thomas Reichler, Junsu Kim, Elisa Manzini & Jürgen Kröger
成層圏の大気循環は対流圏の気象に影響を及ぼすことが知られている。短期的な成層圏の変動が対流圏に及ぼす影響は知られているものの、より長期的な影響についてはよく分かっていない。
気候モデルから過去30年間の成層圏の変動と北大西洋の熱塩循環とが低周波数で同期して変動していることが示され、成層圏の変動が数十年スケールの北大西洋の気候変動に重要な役割を負っていることが示唆される。将来の気候を正確に予測するためには成層圏と深層循環との繋がり正しく認識する必要がある。
Atlantic Ocean influence on a shift in European climate in the 1990s
大西洋が1990年代のヨーロッパの気候シフトに影響を及ぼす
Rowan T. Sutton & Buwen Dong
ヨーロッパにおける数十年スケールの気候変動には大西洋が重要な影響を及ぼしているが、他の変動による影響(例えば赤道太平洋や成層圏)を分けて考えることが難しい。
大気・海洋の温度観測記録から1990年代にヨーロッパにおいて気候シフト(北部で湿潤な夏、南部で暑く乾燥した夏)が起きており、そのシフトは北大西洋の温暖化が原因であることが示唆される。今後北大西洋の水温が異常に高い状態が維持されれば、ヨーロッパの気候も継続すると予想される。
Unusual Southern Hemisphere tree growth patterns induced by changes in the Southern Annular Mode
南半球環状モードの変化によって引き起こされる南半球の木の普通でない成長パターン
Ricardo Villalba, Antonio Lara, Mariano H. Masiokas, Rocío Urrutia, Brian H. Luckman, Gareth J. Marshall, Ignacio A. Mundo, Duncan A. Christie, Edward R. Cook, Raphael Neukom, Kathryn Allen, Pavla Fenwick, José A. Boninsegna, Ana M. Srur, Mariano S. Morales, Diego Araneo, Jonathan G. Palmer, Emilio Cuq, Juan C. Aravena, Andrés Holz & Carlos LeQuesne
近年、南半球環状モード(SAM; Southern Annular Mode)が正の状態を維持しており、南半球における温暖で乾燥した気候状態をもたらしている。そのシフトは主に成層圏のオゾンの減少によってもたらされている。またそれに付随する乾燥した亜熱帯高気圧帯の南へのシフトが木の生育に影響している。
南米・タスマニア・ニュージーランドから得られた3,000を超す木の年輪記録が同様の成長傾向を示しており、過去250年間と比較すると1950年以降の変動パターンが異質であることが分かった。木の年輪幅の変動はSAMによって12-48%は説明可能である。また1950年代以降のSAMの高周波状態は過去600年間では前例がないことが分かった。SAMが南半球の木の成長パターンを大きく変えたことが示唆される。
Ice-stream stability on a reverse bed slope
棚氷基部の負の傾きにおける氷河の安定性
Stewart S. R. Jamieson, Andreas Vieli, Stephen J. Livingstone, Colm Ó Cofaigh, Chris Stokes, Claus-Dieter Hillenbrand & Julian A. Dowdeswell
斜面が内陸に向かって落ち込むような棚氷は不安定であると考えられている。しかし力学数値モデルを用いた分析から、西南極氷床のMaguerite湾における氷河の最終氷期以降の後退が氷河を安定化させていることが示唆される。
Variability of the North Atlantic Oscillation over the past 5,200 years
過去5,200年間の北大西洋振動の変動
Jesper Olsen, N. John Anderson & Mads F. Knudsen
北大西洋振動(NAO; North Atlantic Oscillation)は北ヨーロッパや北極圏の気候に大きな影響を及ぼしている。NAOの記録は過去900年間に限られている。グリーンランド南西部の湖の堆積物から得られた記録から過去5,200年間の低層水の無酸素状態を地球化学的な分析から復元したところ、それが木の年輪や鍾乳石から復元されているNAOインデックスとよく一致することが分かった。この湖の記録をNAOインデックスと見なすと、NAOを過去5,200年前まで復元することができる。NAOは北半球の広い地域の気候変動と一致していたが、中世気候変調期(MCA; Medieval Climate Anomaly)には特に変化は見られなかった。
Strength and geometry of the glacial Atlantic Meridional Overturning Circulation
氷期の大西洋子午面循環の強度と幾何
Jörg Lippold, Yiming Luo, Roger Francois, Susan E. Allen, Jeanne Gherardi, Sylvain Pichat, Ben Hickey & Hartmut Schulz
最終氷期には大西洋子午面循環(AMOC; Atlantic Meridional Overturning Circulation)は現在と異なっており、氷期間氷期スケールや千年スケールの気候変動と密接に関連していたことが知られている。しかしそうした変動を復元することは一般に難しい。231Pa/230Thを用いて深層水形成の強度が復元されているが、この手法は生物源シリカの影響を受けるため、議論は終結していない。
北大西洋から得られた完新世の堆積物中の231Pa/230Thと生物源シリカの量を復元。さらに数値シミュレーションを組み合わせることで、現在の大西洋の堆積物中の231Pa/230Thは主にAMOCによって変動していることが分かった。LGMにおけるシミュレーションでは「浅い沈む込み、活発な熱塩循環、2,000m付近における輸送流」が最も良く観測事実と整合的であることが示された。LGMにおける中層水の輸送量は現在の深層水の輸送量と同程度であったと推定される。
North Atlantic forcing of Amazonian precipitation during the last ice age
最終氷期におけるアマゾンの降水に対する北大西洋のフォーシング
Nicole A. S. Mosblech, Mark B. Bush, William D. Gosling, David Hodell, Louise Thomas, Peter van Calsteren, Alexander Correa-Metrio, Bryan G. Valencia, Jason Curtis & Robert van Woesik
最終氷期には千年スケールで大気海洋循環が急激に変化していたことが知られている。特にAMOCの変動を介して赤道大西洋と北太平洋の熱分配や、赤道大西洋における降水の変動が記録されている。降水の変動は生態系の変動やアンデス高地の変動をもたらしたが、アマゾン川流域の変動についてはあまりよく分かっていない。
エクアドルから得られた鍾乳石のδ18Oから過去94kaの降水(水蒸気輸送と降水量)を復元したところ、北大西洋の千年スケールの変動と密接に関連していたことが分かった。長い時間スケールでは歳差運動(precession)によって支配されていることが分かった。また過去94kaの間に目立った乾燥化は見られなかった。
The 2011 Lorca earthquake slip distribution controlled by groundwater crustal unloading
地下水の地殻への加重が減少したことで引き起こされた2011年Lorca地震すべりの分布
Pablo J. González, Kristy F. Tiampo, Mimmo Palano, Flavio Cannavó & José Fernández
地震滑り(Earthquake rupture)は地震の前の地殻の応力状態によって影響される。2011年3月に起きたスペインのLorca地震の分析から、地下水利用が断層すべりパターンに影響したことが示唆される。
Article
Intensification of Northern Hemisphere subtropical highs in a warming climate
温暖化した気候における北半球の亜熱帯高気圧帯の強化
Wenhong Li, Laifang Li, Mingfang Ting & Yimin Liu
亜熱帯高気圧帯は大気循環や気候場に影響を及ぼしている。その位置が地球上の乾燥地帯や熱帯低気圧の軌跡を決定している。近年夏の北半球における亜熱帯高気圧帯に変化が見られるが、それが近年の温暖化と関連しているかどうかはよく分かっていない。
気候モデルシミュレーションから、大気中の温室効果ガス濃度の上昇に伴って21世紀の北半球の夏の高気圧が強化されることが予測される。またその原因は大陸と海洋の熱的なコントラストであると考えられる。将来地域的な気候や異常降水などに影響するかも?