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2018年5月31日木曜日

グレートバリアリーフの形成史(Webster et al., 2018, Ngeo)

Response of the Great Barrier Reef to sea-level and environmental changes over the past 30,000 years
Jody M. Webster, Juan Carlos Braga, Marc Humblet, Donald C. Potts, Yasufumi Iryu, Yusuke Yokoyama, Kazuhiko Fujita, Raphael Bourillot, Tezer M. Esat, Stewart Fallon, William G. Thompson, Alexander L. Thomas, Hironobu Kan, Helen V. McGregor, Gustavo Hinestrosa, Stephen P. Obrochta & Bryan C. Lougheed
Nature Geosciencevolume 11, 426–432 (2018)
より。

IODP第325次航海のグレートバリアリーフ(GBR)の海底掘削から、30ka以降のサンゴ礁形成史を復元。

参考までに、昔書いた、サンゴ礁掘削と環境復元に関する拙ブログ記事はこちら
タヒチの埋没サンゴ礁から過去の海水準変動を復元する

以前東北大の井龍先生らが中心となってタヒチのサンゴ礁でIODPによる掘削が行われたが(Deschamps et al., 2012, Nature)、その時は15kaまでしか遡れず(厳密には2つ前の退氷期の化石も見つかっているが;Thomas et al., 2009, Science)、最終氷期(~20ka)頃の化石サンゴを回収することは叶わなかった。
今回GBRで行われた掘削では、最終氷期や、それよりも前の時代の試料についても回収することができ、世界最大のサンゴ礁の形成史についての貴重な知見が得られた。
今回は東京大学大気海洋研究所の横山先生(私の学生時代の指導教官)らが中心となって掘削が行われた。日本からも多くのサンゴ礁研究者が関与している、大きな国際プロジェクトである。

海底地形図を眺めると、テラス状の構造が段階的に見られ、そこからもサンゴ礁の形成は段階的に起きた、すなわち成長の停止時期を伴いながら成長が起きていたことが想像できる。それが今回掘削を行い回収された化石サンゴの年代をウラン系列を用いて正確に特定することで、より正確な時空間変動が明らかとなった。

最終氷期のサンゴは世界的に見てもそれほど多く回収できておらず、当時熱帯域が寒すぎてそもそもサンゴが生育していなかったことが可能性として挙げられるが、それよりも原因になっているのは最終氷期の化石サンゴが130 m近い海底或いは地下に埋没していることが挙げられる。掘削船を用いた大掛かりな調査が必要なのは、こうしたことが背景にある。

化石サンゴの年代測定から明らかになった海水準変動曲線については、横山先生が主著者として現在論文を執筆中であり、本論文ではどういった環境要因がサンゴ礁の形成に重要だったかを中心に考察している。

1)海水準低下期(27 - 22 ka)
海水準は現在よりも -65mの位置から、-125mの位置まで海水準が低下した。
それよりも前の時代に形成されたサンゴ礁は地上に露出し、露出したサンゴは死滅した。一方、海側に向かって成長するサンゴが存在したことから、サンゴ礁は海側へと成長を続け、サンゴ全てがすべて死滅するような事態ではなかった。

2)海水準最低下期(~21 ka:最終氷期極相:LGM)
海水準は-125mの位置まで低下していた。
当時の水温はSr/Ca古水温計の推定から現在よりも4度低かったとも言われている(Felis et al., 2014, Nature communications)。低水温状態でもサンゴが成長できることの現れである。

3)海水準上昇期(21 - 10 ka:最終退氷期)
海水準が現在よりも -55mの位置まで上昇した。海水準は急激な上昇イベント(例えば14.6kaのMWP-1Aなど)を伴いながら、段階的に上昇した。
タヒチではMWP-1Aにおける300年間に20 mという急激な海水準上昇によって一部のサンゴ礁が溺れたが、GBRでは追いつくことができていたらしい。
ただし、別のタイミングでサンゴ礁が溺れるイベントがいくつか見つかった(海底地形にも見られる複数のテラス状の地形)。
こうした溺死によるサンゴ礁の成長停止・低下を伴いながらも、サンゴ礁は陸側へと成長し続けた。こうした水平方向の移動速度がそれなりに大きいことは、従来考えられていたよりも礁全体としては環境変動に対して耐性が大きいことの現れとも言える。
この時、陸の一部が水没することにより、砕屑物の供給量も急増した。砕屑物の流入は水の濁度を増加させ、サンゴの光合成を阻害する要因である(ただし、一部のサンゴは栄養を摂れるかも?)。光合成量の低下はサンゴの石灰化量の低下に繋がり、サンゴ礁の成長速度を低下させる。そのため、海水準上昇に伴う陸域砕屑物の流入量もまたサンゴ礁の成長に大きく寄与したものと思われる。
タヒチの例でも報告があるように(Blanchon et al., 2014, Scientific Reports)、陸からの砕屑物がトラップされるような地形(礁原など?)が発達することが、その後のサンゴ礁の成長に大きく寄与するようである。

最終的に、海水準上昇が終わりに近づいた9ka頃に現在の堡礁(バリアリーフ)システムが形成されたと考えられており、それまでは裾礁(フリンジングリーフ)システムとして大陸の縁辺にへばりつくような構造であったらしい。

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実は私自身も、前回のタヒチにおけるIODP航海同様(Kubota et al., 2014, Scientific Reports)、このIODP航海に関与している。
具体的にはニオウミドリイシサンゴ(Isopora spp.)の骨格中のホウ素同位体分析を通じて、最終氷期以降の海水のpH・pCO2を復元し、海水炭酸系の変化がサンゴ礁の成長にどのように寄与したかを明らかにしたいと考えている(逆に、サンゴ礁の成長によって海水炭酸系が大きく変化していた可能性もある)。
一般に古気候研究にはハマサンゴ(Porites spp.)の骨格が重宝されるが、GBRの掘削からはほとんど得られていない。ニオウミドリイシについても、ハマサンゴ同様に塊状の構造を持つことから、古気候復元に用いることができる。まずは室内水槽実験を通じて骨格のホウ素同位体と海水炭酸系との関係をしっかりと把握し、過去の復元に応用したいと考えている。