WAIS Divide Project Members
Nature 520, 661–665 (30 April 2015)
より。
西南極氷床から得られたアイスコア(WDC)のδ18O・CH4分析結果をグリーンランド氷床アイスコアの記録と比較することで、氷期における南北半球の温暖・寒冷期の位相とメカニズムを考察。
アイスコアからは多くの情報を引き出すことができるが、特に
▶︎温度の情報をもつ酸素・水素同位体(δ18O・δD)
▶︎氷に捕獲された各種温室効果ガス:メタン(CH4)、二酸化炭素(CO2)、二酸化窒素(N2O)
が古気候研究においては重要である。
しかし、ガスはある一定の深度で氷に閉じ込められるため、同じ深さでも氷とガスの年代は一致しない。これは「Δage(gas-ice age)」と呼ばれている。
例えば大気中ですみやかに混合するCH4などのガスを利用して、アイスコア中の気体の年代モデルを同期させることができるが、一方で氷の年代モデルを比較することはΔageに不確実性があるために困難である(時代によっても変化するため)。
この障害があるために、
「南極における気温とCO2の変動の位相差」や
「氷期における南北両半球の温度変化の位相差」
などの問題は、これまで多くの研究によって議論されている。
>拙ブログ記事「アイスコアの年代モデルとpCO2上昇のタイミング」
2011年に西南極から掘削されたWDCアイスコアのΔageは500年以下と見積もられており、他のアイスコアのΔageは数千年であることを考えると、極めて小さい。
これは、他の掘削サイトと比べて堆積速度が大きいことが原因である。
積雪速度が大きく、Δageが小さいことにより、より高解像度の記録が得られ、ガスと氷の組成変化の位相差を厳密に議論することが可能になった。
通常、南北アイスコアのCH4が同期されるが、彼らはWDCのCH4とNGRIPのδ18O(
グリーンランドアイスコアからは所謂ダンシュガード・オシュガー・イベント(D/Oイベント)と呼ばれる、「急激な温暖化とゆっくりとした寒冷化」という繰り返しが確認されているが、それに対応して、南極が逆位相で応答していたことも分かった(グリーンランドの温暖期⇄南極の寒冷期)。
これまで、ハインリッヒ・イベントと呼ばれる、大量の氷山流出を伴う大規模なD/Oイベントの際にこうしたシーソー的変動は確認されていたが、積雪速度の早いWDCによって細かい変動まで議論できるようになった。
個々のイベントの位相差を年代モデルのモンテカルロ・シミュレーションなどを駆使して評価した結果、
▶︎南極の寒冷期はグリーンランドの温暖期に「218 ± 92 年」遅れ、
▶︎南極の温暖期はグリーンランドの寒冷期に「208 ± 96 年」遅れている
ことが分かった。
また最終氷期から現在の間氷期に至る、B/Aの始まり(D/O 0; 14.6 ka)においても「256 ± 133 年」という位相差が確認され、他のD/Oイベントとも整合的であった。
位相差を考えると、因果関係としては北半球、とりわけ北大西洋にD/Oイベントを引き起こす”きっかけ(trigger)”があり、その擾乱が伝播して南半球の気候変動を招いているのだと考えられる。
また
▶︎位相差が数百年に及ぶことから主に海洋(
▶︎ハインリッヒ・イベントの際にも他のD/Oイベントと同様の位相差が見られること(統計学的に優位な差は認められない)
▶︎大西洋子午面循環(AMOC)の背景場(強弱)によらず熱的バイポーラー・シーソーは生じること
などの新たな知見も得られた。
そのため、筆者らは従来考えられていたよりも、北半球への氷山流出(淡水流入)はAMOCへ直接的に影響していたわけではない、と指摘している。
むしろ、AMOCの変動の結果としてハインリッヒ・イベントが生じ、それがD/Oイベントに伴う寒冷化とそれに付随する南極の温暖化との継続期間を長くする役割を負っていたのではないか、というアイディアを提示している。
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今後の課題としては、
▶︎こうした位相差を生じるメカニズムを解明し、モデルで表現すること
▶︎D/Oイベントの究極要因を明らかにすること(海氷?棚氷?)
▶︎D/Oイベントには見られず、ハインリッヒ・イベントには見られる大気pCO2上昇の原因を解明すること
などが考えられる。