Palaeoclimate constraints on the impact of 2 °C anthropogenic warming and beyond
Hubertus Fischer et al.
Nature Geoscience 11, 474–485 (2018).
将来の地球温暖化(人為的気候変化)のアナログになりそうな、比較的最近の過去の温暖期に関するレビュー。
以下の期間に焦点をあてている。
1)完新世温度最適期(Holocene Thermal Maximum, HTM)
11〜5 ka(ka は1,000年前)
現在よりも<1℃ 温暖(とくに北半球高緯度に顕著)
CO2濃度:250〜260 ppm
海水準:現在と同程度
2)最終間氷期(Last Interglacial Period, LIG)
129〜119 ka
現在よりも約0.8℃温暖(海面表層水温SSTは0.5℃温暖、とくに北半球高緯度に顕著)
CO2濃度:280 ppm
海水準:現在よりも6〜9 m高かった
3)酸素同位体ステージ11.3(Marine Isotope Stage 11.3, MIS11.3)
410〜400 ka
CO2濃度:280 ppm
海水準:現在よりも6〜9 m高かった
4)中期鮮新世温暖期(Mid-Pliocene Warm Period, MPWP)
3.3〜3.0 Ma(Maは1,000,000年前)
現在よりも1〜3℃ 温暖
CO2濃度:300〜450 ppm
海水準:現在よりも6 m以上高かった
HTMは年代のよく制約された優れた記録が多くあるという点や大陸配置や植生分布が現在と似通っているという点で温暖化の良いアナログである。
しかしながら、全球的に比較的温暖だったとはいえ、今世紀末に予想される温暖化には及ばない。
そういう意味では現在よりも(そしてHTMよりも)温暖だったLIGやMIS11.3のほうが温暖化のアナログに近いと言える。
しかしながら、LIGやMIS11.3の温暖化は温室効果ガス濃度の上昇ではなく、あくまで地球の公転軌道要素の変化に伴う日射の緯度分布が現在と違うことによってもたらされていた。そのため高緯度域での温暖化が顕著であり、将来の温暖化は温室効果ガスにより低緯度も温暖になることが予想されるため、人為的気候変化の完全なアナログにはなり得ない。
当時の温室効果ガス濃度もHTMよりもわずかに高かっただけであり、現在の濃度の方がはるかに高い。
例えば大気中のCO2濃度が今と同程度か、さらに高かった時代まで遡るには少なくとも300万年間必要である。
MPWPはCO2濃度が300〜450 ppmの間にあったと言われており、それよりもさらに前の、5,000万年前の始新世初期の温暖期(early Eocene Thermal Optimum)はCO2濃度が900〜1900 ppm程度だったと推定されている。
ただし、ここまで遡ると大陸配置や海峡の有無など、海流や地理的分布が大きく異なってくるのが問題である。
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以下、全てをまとめるのは難しいので、個人的に興味を抱いた項目についてまとめておく。
海氷量〜北極
LIGには、夏の日射量が増加していた影響で海氷は大きく減っていたが、北極中央部には真夏にも海氷はあった。
MPWPにも夏の海氷範囲は縮小していたことがバイオマーカーを用いた古気候研究からも示唆されている。
海氷量〜南極
アイスコアの記録はLIGに気温が高かったことを示しており、やや遠いサイトの古気候記録からは冬の(南半球の夏の)海氷範囲は50%低下していたことを示唆している。
陸域の炭素リザーバー
LIGでは泥炭地が増加していたと思われる。MPWPももしかしたらそうだったかもしれない(記録が乏しいのでよく分からない)。
時間を十分にかければ炭素の吸収源になる。温暖化が急速すぎると分解が卓越してむしろ炭素の放出源になる可能性も。
一方、北方のツンドラは現在融解が進行しており、森林火災の規模や継続期間が増加しつつある。
ツンドラに蓄積されている炭素量は「1.3〜1.6 GtC」であり、これらが大気に放出されると強い温室効果を発揮し、正のフィードバックとして温暖化を加速させる可能性がある。
少なくとも、HTMやLIGを含む過去の間氷期では温室効果ガスの急上昇は起きておらず、産業革命以前と同程度であったことから、当時の地表気温を超えない限りはそうした暴走温暖化が起きる可能性は低いと考えられる。
ただし、過去の間氷期以上に将来温暖化した際に、何が起きるかのヒントを過去から得ることは難しい。
海のメタンリザーバー
海にメタンハイドレートとして保存されているメタンが、温暖化の結果不安定化し、大気に放出されると強い温暖化を発揮する可能性が懸念されている。
少なくともLIGやMIS11.3にそうした海のメタンの放出が起きていた事実は確認されていないため、2度程度の温暖化でメタンハイドレートが崩壊する可能性は低いと思われる。
氷床融解の閾値
LIGやMIS11.3にグリーンランド氷床は縮小し、海水準の上昇に貢献していたが、必ずしもすべて融けていたわけではなかった。グリーンランド氷床は少なくとも数百万年間は存在していた可能性が高い。
西南極氷床は海の下で着底しているため、不安定化しやすく、例えばLIGの際にも大きく縮小し、海水準の上昇に寄与していたと考えられる。
一方東南極氷床の大部分は陸上で着底しており比較的安定しているが、一部の海に注ぐ部分については過去の温暖期に縮小していた可能性が高い。
将来予測についてはモデル間の不確実性が大きく、将来1.5〜 2度の温暖化で南極氷床の一部が崩壊する可能性も否定できない。
海水準上昇速度
1990年頃まで海水準上昇速度は「年間1.2 mm」程度だったが(温暖化に伴う海の熱膨張が主要因)、その後「年間3.0 mm」に加速した(氷河や氷床の融解の寄与が加わった)。
LIGにおいては、海水準が数千年のうちに数m上昇したイベントが存在した可能性が指摘されている。その時の海水準上昇速度は「年間3〜7 mm」と言われているが、紅海の古海洋記録からは「年間16 mm」という推定結果も得られている。
現在見られている海水準上昇は今後も加速する可能性がある。
気候モデルの問題
気候モデルは将来の温暖化を過小評価している可能性がある。特に長い時間スケールのプロセス(氷床変動、海水準上昇など)がうまく再現できていない可能性が高い。
過去の記録を頼りにすると、CO2濃度上昇に対する表層気温の温暖化を過小評価しており、極増幅・生物地球化学循環・エアロゾル・雲・氷床物理といったプロセスの再現がうまくできていないことが原因であると思われる。