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2012年10月21日日曜日

湖の堆積物から大気の放射性炭素を復元することの意義

A Complete Terrestrial Radiocarbon Record for 11.2 to 52.8 kyr B.P.
11.2 - 52.8 kyrの間の完全な陸域の放射性炭素の記録

Christopher Bronk Ramsey, Richard A. Staff, Charlotte L. Bryant, Fiona Brock, Hiroyuki Kitagawa, Johannes van der Plicht, Gordon Schlolaut, Michael H. Marshall, Achim Brauer, Henry F. Lamb, Rebecca L. Payne, Pavel E. Tarasov, Tsuyoshi Haraguchi, Katsuya Gotanda, Hitoshi Yonenobu, Yusuke Yokoyama, Ryuji Tada, and Takeshi Nakagawa

Refining the Radiocarbon Time Scale
放射性炭素時間スケールの改訂

Paula J. Reimer
より。

放射性炭素年代を暦年代に較正するやり方については前回の記事(「INTCALのお話」)で簡単にご紹介したので、今回はScienceに投稿されたBronk Ramsey et al. (2012)の論文の重要性・意義に焦点を当てて解説したいと思います。

通常、放射性炭素年代から求められる暦年代は’大気’の二酸化炭素及び大気と絶えず活発に炭素を交換している生物などの年代です。

海洋にも大量の炭素が存在しますが、大気と比べて海洋ははるかにゆっくりと混合しているため(大気:数年⇔海洋:数千年)、早く混ざる大気が基準になるわけです。

(ただし、土壌や永久凍土に含まれる炭素、地下水中の溶存炭素など、陸上にありながらゆっくりと循環しているものもあります)

そのため、放射性炭素年代を暦年代に較正するための所謂INTCAL曲線は陸から得た試料を用いて作成することが望ましいわけです。

例えば、そうした試料としては「」が最も適していることは前回の記事でも述べましたが、木の年輪を繋いで作られる「dendro-chronology」ではAD1950年から12.5kaまでしか遡ることが今のところできていませんでした。

一般に放射性炭素年代測定の限界は14Cの測定限界とバックグラウンドの問題から約5万年(50ka)と言われていますが、INTCAL09のうち50ka〜12.5kaの間は主に海のサンプルで構成されていました。

例えば、大西洋(Barbados)・太平洋(Tahitiなど)のサンゴ、ベネズエラ沖(Cariaco Basin)・イベリア半島沖(Iberian Margin)の堆積物コアの浮遊性有孔虫などを指します。

しかし海の放射性炭素年代は大気のそれからは’古く’なっており、補正をする必要があります(海洋リザーバー年代補正)。ただし、その補正は基本的に現在知られている値を用いて差し引いていますが、「その差が過去においても現在と同じかどうか」という問題があります。
実際にその仮定が成り立っていないことを示唆する証拠が多数得られてきています(例えば、Southon et al., 2012, QSRなど)。



そうした中、水月湖は’年縞堆積物(varve sediment)’を形成することで知られていました。つまり一年に一枚の縞を刻むので、「1年、2年…」と暦年代を数えることができるわけです。

ただし、厳密には1年に1枚ではなく、時には珪藻が1年に2回異常繁殖してしまい、見かけ上2年分の縞(珪藻が多い層が白く見える)を形成してしまうことも稀にあるそうです。

そのため多く数えてしまったり、逆に数え落しがあると、それは堆積物の深部になればなるほど年代値に誤差を生む要因になります。

また厳密には水月湖の堆積物に年縞があるのは10.2-40.0kaに限られ、その他の部分には別の方法を用いて暦年代を与えてやる必要が出てきます。

そこでBronk Ramsey et al. (2012)では彼らが独立に構築した年縞による暦年代(SG06-2012)に加えて、中国・バハマの鍾乳石から得られているU/Th年代測定による暦年代と組み合わせることでより統合的な年代モデルを構築しています。

鍾乳石の放射性炭素はDead Carbon Fraction(DCF)という海のサンプルのように古い炭素が入ってくる効果を補正する必要がありますが、一方でU/Th年代にはそのようなリザーバー効果はありません。
(ただし、初期の同位体比の問題や鍾乳石のウランの含有量、ウラン系列の改変定数の問題が別途あるようです)

こうして作られた暦年代をもとに、INTCAL曲線を構築するわけですが、放射性炭素年代の方は水月湖の堆積物に混入してくる落ち葉や木の枝などの放射性炭素を測定することで得られます。
(ここで、大気中の炭素が木に固定され、それが速やかに堆積物へ輸送されることが条件となります)

得られた放射性炭素の測定点はなんと「651点」!
INTCAL09との相違点もやはり確認されました。

水月湖のデータは次のINTCAL13において中核をなすことが国際会議において既に決定しており、高精度の放射性炭素の変動曲線が得られたことで、他の地質学試料や考古学試料の年代決定の高精度化が実現するのはもちろんのこと、放射性炭素は時間の情報を保持しつつ地球を駆け巡るトレーサーとしても重要な役割を担っているため、炭素循環を研究する上でも大きな貢献となります。

それらのデータをもとに、これまでに得られた他の指標と比較をすることで色々と面白い事実が浮かび上がってきます。今回Bronk Ramsey et al. (2012)の中で触れられている観測事実を挙げると

1、グリーンランド・アイスコア(NGRIP)から得られている10Beフラックスとほとんど同じ変動トレンドが水月湖の14Cにも見られた
(どちらも大気上層において宇宙線が地球大気と作用することで生成される宇宙線生成核種です。その生成量の変動は地磁気の変動と置き換えて考えることが可能です。特に41ka頃のLashamp地磁気エクスカージョンなども14Cで確認されました)

2、INTCAL09を構成している海の試料から海洋リザーバー年代(海と大気の放射性炭素年代の差)を計算してみると、やはり時代によって変動している
(主に混合層の深さや海洋深層循環の変化を反映していると考えられます)


Bronk Ramsey et al. (2012)は年代モデルの構築の話がメインですが、水月湖からは他の間接指標などの測定結果も得られており、既に発表されているものも多数ありますし、今後次々と発表されることと思います。

古気候学・考古学をはじめとして非常に多岐にわたる分野に大きく貢献すると思われます。

◎他に参考になりそうな文献
水月湖の年縞:過去7万年の標準時計(中川毅、2010、JGL)