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2015年2月13日金曜日

最終退氷期における海からのCO2放出(Martinez-Boti et al., 2015, Nature)

Boron isotope evidence for oceanic carbon dioxide leakage during the last deglaciation
M. A. Martinez-Boti, G. Marino, G. L. Foster, P. Ziveri, M. J. HenehanJ. W. B. Rae, P. G. Mortyn, D. Vance
Nature 518, 219–222 (12 February 2015).

とその解説記事
Geochemistry: When carbon escaped from the sea
Katherine A. Allen
Nature 518, 176–177 (12 February 2015).

より。
Gavin L. Fosterらの最新の研究成果。過去10年程度の有孔虫δ11Bに関する仕事の集大成とも言える論文。

ちなみに、2014年末にはGeologyから赤道大西洋の堆積物を用いた報告が出た↓
氷期の赤道大西洋のCO2放出は今よりも大きかった?(Foster & Sexton, 2014, Geology)

これまでの一連の研究で、最終退氷期の大気のCO2濃度の上昇は”海”に蓄えられた炭素が大気へと移動したことであったことの証拠が積み重なっている。
代表的な記録は、例えば
▶︎ドレーク海峡の深海サンゴのΔ14C(Burke & Lobinson, 2012, Science
▶︎浮遊性・底性有孔虫のΔ14C(Skinner et al., 2010, Science; Rose et al., 2010, Nature
▶︎湧昇・生物生産の指標として使われている生物源オパールの堆積量(Anderson et al., 2009, Science
▶︎アイスコアのCO2濃度(Marcott et al., 2014, Nature
▶︎アイスコアのδ13C(Schmitt et al., 2012, Science
▶︎IntCal曲線のΔ14C(Reimer et al., 2013, Radiocarbon
など。

そしてそのCO2放出の場としては、主に「南大洋」が中心であったと考えられている。

しかしながら、これらの記録はあくまで間接的に、CO2の移動を記録しているに過ぎない。
より直接的に海から大気へのCO2の移動を実証するためには、海のCO2を復元する必要がある。

その中で重要なのが、海洋表層水のpCO2の復元である。
これまでにこのブログの中でも海洋表層水のpCO2分布やその制御要因については触れてきた。
例えば、
北太平洋亜熱帯域のCO2吸収量の時系列変化(杉本&平石, 2009, 2010, 測候時報)
全球の海洋表層の二酸化炭素の収支(放出vs吸収)
など。

大気-海水間のCO2のフラックスは、「ΔpCO2(海水-大気)」「風」「水温」によって駆動されているが、基本的にはΔpCO2を復元することでCO2のフラックスを半定量的に復元することができる。
つまり、ΔpCO2が正ならCO2の放出・負ならCO2の吸収あるいはほぼ平衡ということになる。

〜〜〜(ここから細かい手法に関すること)〜〜〜

彼らは東赤道太平洋(ODP1238, 1.87°S)・南大西洋(PS2498-1, 44.15°S)から得られた堆積物コアの浮遊性有孔虫殻のホウ素同位体(δ11B)の分析結果からまずpHを復元し、その後アルカリ度と併せて計算を行うことで、pCO2を復元した。
その他の傍証記録として、δ13C・Mg/Caも測定することで、古水温・溶存炭素δ13Cの復元も行っている。
過去のpCO2を復元する際には海水の「アルカリ度」を仮定する必要があるが、一般的な方法は過去の海水準とδ18Oから塩分を復元し、現在見られている塩分-アルカリ度の関係式から求める方法である。しかし、彼らは代わりにモデルシミュレーションの結果である「氷期に120〜140 μmol/kg高かった」ことを利用して計算している。すなわち、δ18Oはあくまで年代モデルが正しいかどうかの検証にのみ利用している。

年代モデルは浮遊性有孔虫の放射性炭素年代がメインであるが、東赤道太平洋・南大西洋のような湧昇域では、過去の14C海洋リザーバー年代の変化についても考える必要がある。
氷期・間氷期サイクルにおいても全球の海洋循環は変化しており、その結果14C海洋リザーバー年代もやはり変化してしまうためである。
彼らはローカル14Cリザーバー年代(ΔR)として東赤道太平洋は「+72年」、
南大西洋は16-0 kaは「+300年」、26-16 kaは「+900年」(※Siani et al., 2013, Nature Communicationsを参考)という値を採用している。必ずしも現場で得られたものではないので今後改定される可能性はあるが、δ18Oから年代モデルが大きく狂っていないことを確認しており、年代モデルが結論に影響しないことに念を押している。

δ11Bの分析に用いている有孔虫は2種類。G. bulloidesG. sacculifer
彼らのグループはG. ruberに対しては徹底的にキャリブレーションの経験式をあの手この手で構築しているが(氷期-間氷期のCO2差・コアトップ・飼育実験など)、この2種については実はあまり着手していない。
G. saccliferについては2001年の古い論文のデータを引用して少し無理して作っており、G. bulloidesについてはコアトップやセディメントトラップ@カリアコ海盆のサンプルを分析することで新たに構築している(すごい作業量!)。

δ11Bの測定は、Gavin L. Fosterが立ち上げた、マルチコレクター型ICPMS(MC-ICPMS)を使用している。

〜〜〜(ここまで細かい手法に関すること)〜〜〜

これまで、世界の様々な地域で最終退氷期のpCO2の復元が行われてきたが、これら2つの地域については初である。
一つの理由としては堆積物中の炭酸塩の保存が悪く、あまりいい試料が得られていなかったことにあると思う。或いはこれら2つの地域の重要性・インパクトを認識していたために、時間をかけて水面下で研究を進めていたのかもしれない(また、作業量も膨大)。

結果は、最終退氷期において、特に南大洋の湧昇が強化された時期においてΔpCO2が正に触れていることを示していた。
またΔpCO2の増大は南大西洋に留まらず、東赤道太平洋でも生じており、高緯度・低緯度域の地球化学的な結合(geochemical tunnelling)が起きていたことが分かった(私の論文と同じ結論、Kubota et al., 2014, Scientific Reports)。
Spero & Lea (2003, Science)ですでに指摘されていたことだが、彼らのδ13C記録も整合的な結果となった(軽いδ13Cを持つ溶存炭素が東赤道太平洋にもたらされていた)。
さらに赤道太平洋中央部(タヒチとマルキーズ)から得られている化石サンゴのδ11B・Δ14Cとも整合的な結果となった(記念すべき、私の論文の被引用第2号!)。
また古水温指標が水温の低下を示唆していないことから、これが赤道太平洋がラニーニャ状(温度躍層の浅化・湧昇強化)になったために生じた現象ではないと考察している。
また熱帯収束帯も最終退氷期の特にHS1とYDの時期に大きく南下したことが指摘されているが、ITCZの南下はむしろ東赤道太平洋のΔpCO2を低くするように作用するはずなので、ΔpCO2が正になったことの原因ではないと指摘している。

気になるのは、大気のCO2上昇が起きていない時期(例えばB/Aや完新世初期など)においてもΔpCO2が正を示していること。
B/Aについては時間解像度の問題か何も触れていないが、完新世初期には温暖な気候状態で発達した陸域の森林などの炭素吸収源によって吸収されたのではないかと考察している。
こうした陸域炭素の炭素吸収の可能性についてはYu et al (2010, Science)やKubota et al. (2014, Scientific Reports) でも指摘されている。
今後、様々な地域・様々な有孔虫を用いてより広範囲のΔpCO2のマッピングが必要である。
有孔虫では、G. ruberはかなり完成されているが、G. saccliferG. bullidesN. pachydermaO. universaなどについてはさらに高精度化させる必要があると個人的には考えている。

〜〜〜(最後にちょっとだけコメント)〜〜〜

今回、Natureで論文が受理された理由は、作業量の多さと研究対象地域の着眼にあると思う。
話自体は、実はこれまでの研究ですべて言われていることを、δ11Bの新たなデータからさらに補強したにすぎない。
私自身の論文もNature Geoscienceに投稿した際、エディターに「あなたの研究がなくても、既往研究で話が作れる」と厳しく批判されたが(「Nature Geoscienceからリジェクト、その反省と分析」)、この研究も実は同じである。
ただし、同じ堆積物コアの有孔虫についてδ11Bに限らず分析を積み重ね、そしてまさにCO2放出のもっとも肝となる地域で得られた堆積物を用いた点が、優れていると評価された主たる原因ではないかと思う。
それに比べ、私が手がけるサンゴは、まだまだキャリブレーションにおいて多くの課題が残されている。そこも化石サンゴの測定結果がすんなり受け入れられなかった要因と考えている。
欧米主導で研究が進んでいる有孔虫研究と肩を並べるには残念ながらマンパワー的にも・測定の効率的にも敵わないと言わざるを得ないが、サンゴ独特の強みを生かした研究戦略を展開していきたい。
また私も今後、徐々にではあるが有孔虫の分析を手がけていきたいと考えている。欧米の2番煎じにならないようにしたい。